仕事と関係 P12



どうして、と聞かれてちらつくのは、竹本の顔。
給湯室でもらったあの錠剤。
きっと何か恭平のわからない、でもそういう薬だったに違いない。

その後に浮かぶ、父の顔。
竹本さんは俺にあの薬を飲ませてどうしたかったのだろう。
恭平には考えてもわからないことだった。
ただ、全身を駆け巡るこのどうしようもない感情と欲望の塊を、どうにかこらえることで必死だった。

心配そうに見下ろしてくる矢吹の顔が、涙で霞んだ。
「恭平くん。どうしてそんな薬、飲んだんだ?自分でか?それとも、誰かに貰ったのか?」
「…っ。い、言えません。とにかく…」
「どうして言えないんだ。まさか、何か悪いことに手を出しているとか…」
「そうじゃありません!俺は、そんな…!」
「ごめん。疑ってるわけじゃないんだ。でもおかしいよ。こんな君は異常だ。誰にも言わないって約束するから、俺にだけ教えてほしい。」
「…っ。」
「大丈夫。悪いようにはしないから。な。」

矢吹が慰めるように優しく恭平に語りかけた。
その優しさに触れ、恭平が嬉しくて息を詰まらせた。
こんな紳士的で優しくて、大きな人は見た事がない。心から安心できる存在。

だが、そんな矢吹にもこれだけは言うことはできない。
竹本だって、孝平とのことがなければ恭平たち兄弟にとってこれ以上ないほどいい人だった。
孝平のことをあそこまで親身になって世話をすることは並大抵のことじゃないし、子供たちだってどれだけ世話になってきたか知れない。
そんな彼の恥を晒すようなことはできなかった。

「…だめ、です。ごめんなさい、矢吹さん…っ。」
恭平はやっとのことで搾り出した掠れた声で、悲しそうに言った。
矢吹がそれを聞いて、むっと怒ったような表情になった。
「謝るな。…もしかして、誰かを庇ってるのか?」
「…。」
「そうなんだな。誰なんだよ。庇う価値あんのか?お前、こんなにヒドイ目に遭わされて…!」
矢吹が眉を釣りあがらせて、怪訝そうに恭平を見ている。
恭平はただ首を左右に振って、涙を流すだけだった。
そんな彼を見ていると、イライラして、もやつく感情を抑えられない。

「…じゃあ、手伝ってやるよ。俺がお前をイかせてやる!」
「あ…や!矢吹さん!!」

恭平が止める間もなく、突然矢吹が恭平の腕を掴んだ。
ビクリと身体を震わせて、恭平が喉を逸らせる。
「あ、あぁ…っ。」
「ほら、ギリギリじゃん。俺が楽にしてやる。」
「やめて…っ。矢吹さん、お願い…っ!」
「恭平!」
「やっあっ!ああぁぁ……ッ!!」

矢吹が恭平の足を開かせようと、太ももの内側に手を差し入れた。
それが原因で恭平の身体が大きく跳ねる。
恭平の全身を駆け巡る興奮はすでに限界だった。
きっと少しでも実物に触れられたらイってしまいそうな気がする。
恭平は何が何でも抵抗しなければと、矢吹の肩を懇親の力で押し返した。

「やめて!矢吹さんヤメテ!!だめ…俺は、だめなんだ!!」
「何が?!」
「…っできない!そういう約束なんだ…お願い!やめて…!!」

ふっと力が抜けて、矢吹が襲い掛かるのをやめた。
誰との約束かなんて、聞かなくてもわかる。
矢吹が想いを寄せるか弱い青年は、実の父親と、そういう間柄なのだ。
惚れる前から、わかっていたことだった。

力を抜いてくれた矢吹にほっとして、恭平はぐったりとシートに落ちた。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
どちらにせよ、この状態は非常に彼にとってよくないような気がする。

矢吹は無言で腰を浮かせると、恭平の足元から車の外に出ようとした。
それに気付いた恭平がうっすらと目を開ける。
「あ…ご、ごめんなさい、矢吹さん。あの…どこへ…。」
「社長室。」
「…え?!」
「社長呼んでくる。その方がお前のためだ。」
「ちょ…っやめてください!父さんには迷惑かけたくないんです!」

恭平がすがるように矢吹の袖を片手で掴んだ。
掴まれても振り返らずに、矢吹が、ぽつりと言った。

「…どこまでお前は自分を犠牲にする気だ。」
「え…?」
「社長を呼びにいくか、ここで俺に抱かれるか!二つに一つだ!」
「…!」
「恭平、お前が選べ。俺はこれ以上、こんな風に苦しむお前を見ていたくない!」

怒鳴ってから、矢吹は恭平の手を振り解いた。
「や、矢吹さ…」
恭平の瞳から涙が溢れ、乾いた頬をまた濡らしてゆく。
泣き顔は、もう慣れた。

「俺をあんまり甘く見るな。寺崎ほどじゃないけど…俺だって男なんだよ。お前のこと助けたいんだよ。好きなんだ。」
「…?!」
「お前のこと好きだから…放っておけないんだ。こんな状態のお前を見て手を出さないほど、俺、理性のきく男じゃないし!」
「やぶ…」
「お前は自分からは何も言わないけど、社長とのことも、俺は十分知ってるつもりだよ。まさか、その薬とやらを社長に飲まされたとは思わないけど…っ」
「父さんじゃない!」

孝平のことになると、恭平が思い切り反論してきた。
そんなちょっとした反応の差にもイライラが増す。
これは、嫉妬だ。

溢れる想いを滑るように吐き出していた矢吹が、それを境に黙り込んだ。
罰の悪そうな顔をして、恭平から目を逸らす。

しばらく車内に沈黙が流れた。
ああ、どうしてこううまくいかないのだろう。
矢吹は目を閉じて、拳を握り締めた。

こんなことを言ったって、恭平とうまくいくはずなんてないことは自分が十分に知っているはずなのに。
こんな態度しか取れないのでは、あのアホ寺崎と大差ないじゃないか。

目を閉じた矢吹の目の前で、恭平が、ゆっくりと身を起こした。
哀しそうな瞳をして、矢吹の顎を取る。
矢吹が振り向いた次の瞬間に、二人の唇は重なっていた。
恭平の体温が、柔らかい唇を通じて矢吹に伝わってくる。
そのまま押し倒せばいいものを、矢吹は突然の出来事に硬直した体を動かすことができなかった。
恭平はゆっくりとその唇を離し。

言った。


「…父さんを…。社長を、呼んできて、ください…。」


今にも消え入りそうな、微かな囁きだった。


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