仕事と関係 P13



畜生、始めからそう言えばいいんだよ、恭平の奴。
そうすれば俺がみっともなく怒鳴り散らすような告白をしなくても済んだんだ…。

矢吹は無駄のない動きでビルの中を颯爽と走り、エレベーターへと駆け込んだ。
恭平は今にも気を失いそうだった。
それはそれで楽になれるかもしれないが、あまりにかわいそうだ。

14階を押したが、12階あたりから人が大勢乗ってきたため、矢吹はエレベータを降りた。
ダッシュで階段を駆け上る。
中学、高校、大学と運動をしていてよかったと、我ながら感心するスピードで次々と段を飛ばし、すぐに社長室と秘書課のある階に辿り着いた。

ここへ来るのは二度目だ。
階段の前で両腕を足について息を切らせていると、秘書課の中から女性秘書の一人が不審そうな表情で出てきた。
「どなたですか?」
「あ、営業課の矢吹と申します!社長は?!」
持ち前の大きな声で答えると、若い秘書は困ったように腕を組んだ。

「面会証やご予約は、おありですか。」
「ありません。」
「それではまず一階のフロントに行き、手続きを済ませてから日を改めてお越しください。」
「えっ、えぇ?!」
日を改めているような時間の余裕はこちらにはない。

「そこをなんとか!話するだけでもいいんです!」
「…そんなことを言われましても。社長はこれから出張へとお出かけになられますし。」
「出張!」
その前になんとかして会って、恭平の現状を伝えなければ。
彼は助けを求めている。
自分ではなく、孝平の助けを。

切羽詰った矢吹は、責任感から何をし出すかわからない。
先日社長室の前で、正面切って孝平に息せき切ったように挑戦した時のように。

矢吹は無言で、強引に秘書の横を押し通ろうとした。
「ちょ、ちょっとあなた!困ります!」
「いいから!社長に会わせてくれよ、少しでいいから!!」
一人の女性が、体格のいい体育会系男児の押しに敵うわけがなかった。
大きな手で女性秘書を横に押しやり、見知った社長室の前に立ちはだかる。
「ちょっと!警察呼びますよっ!!」
秘書課の中からも数人の人が出てきて、なんとか矢吹を取り押さえようとした。
それにも構わず、矢吹は社長室の扉をドンドンと叩いて叫んだ。

「社長!お話があります!緊急事態なんです、聞いてください!!」

14階の廊下はパニックになった。
並みの男性社員2人でも、矢吹の力強さには歯が立たない。
さすがの混乱に、秘書課のトップ、竹本も顔を出さずにはいれなかったようだ。
「何事です。」
「竹本さん!営業課の矢吹と名乗る男が…社長に用があると言ってきかないのです。」
「…矢吹?」
竹本が訝しげに騒ぎの方向に目をやった。
なるほど、あの大きな体に純粋そうな顔立ちは、見た事がある。

「困りましたね…警備員は?」
「もう間もなく、来ると思います。警察に通報しますか?」
「いえ、彼は多少なり社長とも面識があります。騒ぎは大きくしないほうがいいでしょう。」
「…かしこまりました。」
ただ、仮眠中の社長を起こして、今夜から明日にかけての会議で影響が出てはいけない。
竹本がそんなことを考えている間に、なんと社長室の扉が開いた。

「!」

矢吹も暴れるのをやめて、開かれた扉を見つめた。
他の社員や竹本だってそうだ。
鍵がかかっているはずだから、外から開くことはまず不可能。
つまり、中から、社長自身が開けたことになる。

大暴れしていた全員がしんとして呆然と見守る中、首の後ろに手を当てながら現れた孝平が、不機嫌そうに全員を見渡した。
「…なんの騒ぎだ。」
騒ぎの面々を見つめて、矢吹で視線を止めた後、孝平はすぐに竹本を見た。
「大勢で盛り上がるのはいいが、やるべきことを終えてからにしてほしいな。」
「すいません。今すぐ、全員職場に戻りなさい。」
竹本は孝平に頭を下げ、廊下に出ている社員に号令をかけた。
矢吹を捕まえていた社員が不審そうにこの大男を見つめ、渋々といった風に手を離す。
やっと駆けつけてきた警備員に竹本が事情を説明している間に、孝平が、矢吹を捕らえた。
腕を掴んで、社長室の扉の陰に体を隠す。

「え???しゃ、社長?」
「用件はなんだね。君が自分から予約なしに現れるということは、恭平と何か関係があるんだろう。」
「…!」
矢吹は驚いて目も口もぽかんと開いて、孝平を見つめた。
か、完敗……

そんな矢吹から目を逸らし、秘書課の方の様子を一旦見てから、孝平は再び視線を戻した。
「早く言いなさい。もうすぐ私は出かけなきゃならない。」
孝平の言葉に、あ、と矢吹は一言漏らし、咳払いをして小さな声でコトの詳細を述べた。

恭平が、誰かに飲まされた薬のせいで、勃起を我慢してる。

素っ頓狂な内容に、孝平は手の甲で口元を押さえて笑いを堪えた。
まさかこんなに大騒ぎをして伝えにきた内容が、そんな現実だとは俄かには信じがたい。
言ってから顔を真っ赤にした矢吹は、信じられていないのを感じてむっとした表情になった。
「…!!しゃ、社長。笑い事じゃないんです。あいつ…すげぇ苦しそうで。」
くっ、と堪えきれずに噴き出した孝平が、愉快そうに矢吹を見た。

「それで。誰になんの薬を飲まされたって?」
「…笑わないでくださいよ。」
「すまない。それで。」
「…言ってくれないんです。まるで誰かを庇ってるみたいで…。助けてやってください!」


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