夏の海 P2
海の向こうから、眩しく輝いた太陽の一部が顔を出した。
恭平は思わず息を呑む。
こんな光景が見える場所があったなんて。
太陽はゆっくりと、白みがかっていた世界に光の粒を満たしていく。
一瞬波の音も蝉の鳴き声も、何もかもが世界から消えたような気がした。
「わぁ…。すごい。眩しいっ。」
恭平が感嘆の声を上げた。
手の甲で直射日光を避けると孝平と目が合った。
「父さん、すごいよ!こんな場所をよく知ってたね!」
「この前取引先の社長が教えてくれたんだよ。」
「へぇ。」
「恭平の誕生日に、どうかってね。」
「えっ?」
素っ頓狂な声を発して、恭平が孝平を見た。
自分の誕生日のことなど何も覚えていなかったかの如く、目を見開いて驚いている。
孝平は苦笑して、後ろにもたれるように手を付いた。
「今日は8月24日だろう。お前の誕生日だ。」
「…あ、そう、だっ。」
恭平は未だとぼけた顔をして、頭の後ろをポリポリと掻いている。
「全然、忘れてた…!最近忙しかったから。」
「ふぅん。私との時間はほとんどとっていなかったはずなのにな。」
「えっ?」
恭平は二度驚いた顔をして、それからここ一週間くらいの記憶を掘り返してみた。
会社へ行って矢吹さんに会って食事に行って、休みの日は洗濯物をして掃除をして持って帰ったデータ処理やって、食べて寝て起きて良平起こして……
あ、あれ?
本当だ。
「恭平くん。」
「は、はい。」
孝平の真顔が、気付けばすぐ近くにあった。
思わず引きそうになって、その肩を孝平にそっと掴まれた。
孝平の手に付いた砂を直に感じる。
波の音と蝉の鳴き声が、急に耳から脳裏に響き始めた。
太陽が完全に空の上へ浮かぶ。
その陽に照らされて、二人の影が砂浜に映し出された。
「せっかくこのために会議を繰り上げて会社を抜け出してきたんだ。それなりのことをしようか。」
「そ、それなり?」
声が裏返る。
戸惑いか緊張か、それとも期待か。
心臓がドキドキと脈打った。
「覚悟はいいね、恭平。」
「かくご…って、ここで…?」
「そうここで。大丈夫、ここは誰からも見えない。」
「…っ。」
何も言えなかった。
ドキドキする。
孝平は太陽からの日差しを避けるように、恭平のことを木の陰へと押し倒した。
電話が鳴ったのだ。
一本の電話が。
まだ今ほど大きくなかった会社の仮眠室で、携帯電話のなかった時代、社内の内線がうるさいくらいに鳴り続けていた。
眠気のために無視を決め込んでいたのだが、10分もの間鳴り続けていたら取らざるを得ない。
孝平は腕だけを伸ばして、乱暴に受話器を手に取った。
「もしもし。」
『兄さん!よかった…通じたっ。』
「孝介か。何だいこんな時間に。眠りたいんだ、後にしてくれ。」
その時、時計を確認したのを今でも覚えている。
朝の5時を過ぎたところだった。
『兄さん、何を寝惚けたことを言ってるんだよ!一大事だ、早く病院に来て。』
「病院?なんだ、骨折でもしたのか。」
『違うよ!赤ちゃんだよ!愛さんが、男の子を生んだ。兄さんの子だ!!』
その瞬間、確かに時が止まった。
…いや、正確に言うと、あたかも止まっていたかのような時間が、再び回りだしたと言うべきか。
孝平は冗談でも芸でもなく、持っていた受話器をボトリと下へ落としてしまった。
「…ア…っ。」
恭平が仰け反って小さく鳴いた。
タンクトップを腹から捲り上げ、その下にそっと指を忍ばせる。
同時に鎖骨の辺りを丹念に舐めていく。
恭平の細い肉体が木陰の下で砂浜に沈んでいた。
「と…っ、ぁ、ん…っ!」
性感帯を突かれて、恭平の上半身が大きく躍り上がった。
仰け反った胸にはじわりと汗が滲んでいる。
孝平は恭平の肌に唇を這わせながら、指で何度も恭平の身体の輪郭を確かめた。
息を殺して恭平が震える。
「外だから緊張してるのか?誰にも見えないよ。」
「場所、変えようよ…っ。」
「ダメだ。こんな綺麗な日の出を目の前にして、もう帰るとでも言うのかい?もう少し、この景色を堪能するべきだと思うな。」
実際のところ、恭平にとっては景色どころではない。
暑い夏の日に、朝から浜辺でこういう行為をするというのは、一体何を意味するのか。
誰かに見られる可能性は万に一つ、捨てきれない。
「いやだ!…恥ずかしいよ…っ!」
「誰にも見られないよ。民家からは程遠い。」
「でも、そんなのわかんない。今日だけ来るかもしれないじゃないか!」
「じゃあ、黙っていなさい。それなら気付かれないだろう。」
「…っっ!」
孝平は離れていた体の距離をぐっと近付けて、羞恥に身を捩る恭平の唇へ貪りついた。