女社長 P8



孝平は思う。
ベッドの中での恭平は、誰がなんと言おうと、儚く妖艶だと。
その仕草、その喘ぎ声と息遣い、その表情の何もかもが、相手の心を惹きつけて止まない。汗と涙とお互いの精液にまみれた恭平の、官能の渦に呑まれていく様がたまらない。
息子への偏った愛情がこの手から溢れ出し、一人歩きを始めている。

一度点いた欲望という炎をどうしたら消せるというのだろう。


「…はぁ…。」
孝平は肩で息をしながら、上体を起こした。
首筋に絡まっていた恭平の細い腕がするりと解けてシーツの上に舞い落ちる。
その白い肌を一度だけきつく吸って、見えないところに跡を残した。

感じ過ぎて気を失った恭平を、孝平はしばしの間黙って見下ろしていた。
体中が汗と精液でべた付いている感触がいたたまれない。
孝平は呼吸を整えて、ベッドの端に座りなおした。
時折横で、恭平が痙攣の余韻で身体を震わせる。
足元から掛け布団を引っ張り、そっと隠すように被せてやった。

「ぅん…」
恭平が小さく呻く。
孝平は軽く目をやって、心の底から微笑んだ。
無事に手元に帰ってきてくれるだけでいい。

それだけでいいなんて自分も欲が減ったものだ、と自嘲して、孝平はそっと恭平の唇に自分のそれを重ねた。


それから数日後。
孝平の知らないところで恭平に何があったのか、すべてを知るわけではない。
仕事のことで頭がいっぱいなのはいつものこと。
次男の良平が連日飲み会だったり、三男の聡平が連日バイトをしていたり、長女の明美が学校の勉強をやらないでいるのもいつものこと。

そのまま過ぎていくと思っていた日常に、少しずつ、変化が起きていた。


恭平が時折、何か言いたそうな顔をして孝平のことを見つめてくる。
なんだ、と聞くと目を逸らして首を振るのだ。
「なんでもないよ。」
小さくそう言って、言葉を飲み込む。
それが手に取るようにわかるのに、孝平はあえてそれを聞き出すようなことはしなかった。

さして気に止めるようなことではあるまい。


恭平の携帯電話が鳴った。
食事中にも関わらず、慌てて恭平が席を立つ。
向かいに座って箸を進めていた良平が不思議そうに兄の動きを追った。
「誰?」
「うん…ちょっと。」
言葉を濁して部屋のドアを閉めてしまう。
良平は、隣の聡平と顔を合わせて肩をすくめた。
「女かな。」
「兄貴に?…まさか。」
聡平は信じられない、といった風に首を振った。
明美がいたらギャースカと大きな声で会話に乱入してきそうなものだが、今、彼女はこの場にいない。
聡平の向かい側、恭平の隣には明美が大の苦手とする父親の孝平が黙々と煮魚を口に運んでいた。

良平が箸をおいてテーブルに肘をついた。
「だって最近、電話多くねぇ?」
「良、肘つくな。」
「毎日かかってきてね?ぜってー女だよ。」
「…まあいいんじゃねぇの?それでも。」
「それか、男かな…」
「そりゃお前の場合だろ。」
「は?オイ、聡!!」
「なんだよ、テーブル叩くな。ってか肘つくな。」
「…っむかつくっ。」
冷ややかな視線で聡平を睨んでやって、良平は再び箸を持った。
さりげなく肘をテーブルからどける。

「ねえ父さんからも言ってやってよ。浮いた話の一つでもしろって。」
「え?誰に。」
「兄貴に決まってんだろ!何を聞いてたんだよ何を。」
良平は溜息をついて白米を口に放り込んだ。
親父も聡平も、テンション低すぎっ!

三人ともしばらく沈黙して夕飯を進めていると、部屋から恭平が出てきた。
手には何も持っておらず、携帯電話は部屋に置いてきたらしい。
良平が見る限り、どこか浮かない顔をしていた。

「兄貴、兄貴、誰?」
「え…だから、ちょっと。」
「ちょっとじゃわかんねぇよ。女?男?」
「バカ。男の人だよ。」
『男ぉ?!』
良平と聡平が同時に声を上げた。
見事にハミングしていたので、恭平は思わず苦笑する。
「変な勘ぐりしないように。良平じゃないんだから。」
「ちょっ…」
「兄貴にも言われてやんの。ぷぷ。」
「………っ!!」
怒りのたまった肩を震わせて良平が黙り込む。
聡平は愉快そうに目を細めて含み笑いを浮かべていた。

孝平は黙っていたが、ちらりと恭平の様子を盗み見た。
その途端、恭平と目が合う。
向き直ると、向こうが先に目を逸らした。

「…恭平。」
孝平が声をかけると、はっと目を見開いて振り向いた。

…気に食わないな、何かを隠しているような態度だ。

しかし孝平は空になったサラダの入った皿を持ち上げて。
「お代わり。」
と短く言っただけだった。


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