女社長 P23



全員が竹本を見る。
ベッドに倒れこんだ恭平ですら、頬を押さえたまま首を上げた。涙でかすんだ視界の中に、竹本が立っている。
…手に、何か持ってる?

「社長、恭平くんを連れて、こちらへ来てください。」
冷静な声で竹本が言った。孝平は呆然として、え?と口の中で呟く。
これでは普段と立場が逆である。

「…何を言ってるの?貴方も黙っててちょうだい。恭平くんと同じで、口出しはさせないわ。」
玲子が首だけ竹本の方を見て言う。
森坂もさして相手にしていないようだった。耳のイヤホンに手を当てて、耳に響く先ほどの情事の有様を思い浮かべていた。

竹本は表情を崩さず、利発な眉をキリリと上げて玲子を見つめている。どちらかというと、動向を伺っているようにも見えた。
孝平はそんな彼に少し違和感を覚えた。
「社長。聞こえましたか?」
声をかけられてハッとしたのか、とりあえず頷く。

ベッドに倒れていた恭平の肩を抱きかかえて起こした。
「恭平、大丈夫か。」
「ぅ…うん…」
頬を押さえて何度も瞬きを繰り返す。
手の下で肌が赤く染まっていた。孝平が親指でその頬をすっと撫でた。
「腫れるかもしれないな…もう少し、我慢しろ。」
恭平は大人しくコクリと頷き、孝平に支えられて立ち上がった。

「ちょっと…佐久間くん!話はまだ終わってないわよ?」
「わかっている。だが…先に竹本の話を聞く。」
「どうなってもいいの?テープはこちらの手元にあるのよ!」

孝平の腕の中で恭平が小さく息を止めた気がした。

一瞬、玲子の背中に寒気が走った。
それくらい、迫力のある目付きをした孝平が玲子を睨んだのだ。
本当に怒ったとき、人はどんなに優しい性格をしている者でも鬼のようになるものだ。

「話は聞く。そこにいろ。」

小さく言って、孝平は恭平を抱えて玲子の横を通り抜けた。
玲子にしてはあっさり通したものだ、と森坂は思った。玲子は振り返りすらしない。
…正確には振り返れなかったのだ。
一瞬だけでもすくんでしまった。

良平が喧嘩で使う眼での威嚇は、半ばハッタリではなさそうである。

孝平は竹本の前に来た。
眉をしかめて、どういうことだ、と言いたげに竹本を見る。
彼は微笑みもせず、右手の甲を孝平に向けて差し出した。
「?」

最初はわからなかった。
急に手の甲を見せられて、一体何を察しろというのか?

だがよく見ると、竹本は手に何かを握っていた。
銀色で、四角い。
指と指の間から、レンズが覗いていた。

「…たけ…」
「私だってこんなことはしたくありませんよ。ですが、昔の人の慣わしに目には目を、歯には歯をという言葉もあります。」
竹本は真剣な顔をしながら肩をすくめた。
ちらりと視線を下げて、力なく孝平の肩に掴まっている恭平に目をやった。浴衣の端から覗く体のアザを見て顔をしかめる。
竹本は顔を上げて玲子を見た。
「三枝社長、どうかそこまでにしていただけませんか。」
「…どういうこと。」
玲子には真相がまだ飲み込めていないようだった。話を打ち切られて、不機嫌そうに竹本を見ている。

「申し遅れましたが、私、佐久間社長の秘書をやらせていただいています、竹本伸彦でございます。以後、お見知りおきを。」
「自己紹介はいいわよ。悪いけれど、これは社長同士の話なの。」
「お言葉ですが、先ほどからそちらの森坂さまも口を出していらっしゃる。」
「…悪かったわ。お喋りなのよ、うちの子は。」
玲子はバツが悪そうに言って、森坂に目をやった。さすがの森坂も諦めたように一歩引いた。

「佐久間くん。もう一度言うわ。」
「…ほう。」
孝平が頷く。
上手い相槌の仕方だな、と竹本は思う。焦りを隠し、冷静を保つのに必死の様子が滲み出ている。
さすがに事態を飲み込むのが早い。
「このテープを返してほしければ、私と結婚するのよ、佐久間くん。貴方がこの場で頷いて、婚姻届にサインをしてくれた時点でテープは返すわ。」
「えぇ?もったいない。」
森坂が心底残念そうに漏らした。だがすぐに口を噤んだ。
お喋りだと言われたことを思い出したらしい。

「そのテープ。」
竹本が言う。
「本物ですか?」
玲子は竹本を見て、それから森坂を見た。
森坂はニヤリと笑って頷いた。
「本物よ。ベッドでの恭平くんと私の声が入ってるわ。こんなことしたくなかったけど、私達が愛し合っている証拠が必要だもの。孝平くんが信じてくれるためにもね。」
「だから、無理矢理だろう。愛し合っているとは言わない。」
すかさず孝平が反論する。
「でも恭平くんは喜んでいたわよ。」
玲子は微笑んだ。
恭平がビクリとして孝平にすがる腕を強めた。熱い涙が頬を落ちる。孝平は耳元で何度か名前を囁いてみた。
慰めにもならないだろうが、何もしないよりは。

「いいですか、今から言うことをよく聞いてください。」
竹本の声が大きくなった。
手の平を返す。
彼の手の中には、銀色の、小型のデジタルカメラが握られていた。

「そのテープを、ウォークマンごと地面において、こちらへ蹴ってください。今、すぐに。」

竹本の抑揚のない、冷静沈着な声が室内に響いた。


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