あるクリスマス P3



一通り杉野が満足し、良平が解放されたのは二度ほど意識が飛んだ後だった。
といっても気を失ったのは一瞬なのでほとんど覚えているが。
良平はぐったりとベッドにうつ伏せに倒れた。

「盛り過ぎ…。」
「は〜疲れた☆」
「やりすぎなんだお前は!そりゃ疲れただろうよ!」
「良平かわいいんだもん。痛い?」
「痛いよ。突っ込んでただけのお前と違ってな!」
「ごめんね。」

いや謝られても…。

「でもまたやろうね。来週。」
「……。」

もう何も言うまい。

「来週と言えば…」

クリスマス。
今年はどう過ごそうか。
兄の恭平が言っていた、パーティーの話が良平の脳裏に思い出された。
杉野の顔を見上げる。
「予定は?」
「なんの?」
「クリスマス。」
「そうだなぁ…良平と過ごせればなんでもいい。」
「お前、頭がお花畑だな。」
「うん…って今バカにした?!」
「……じゃあ俺が決めてもいい?」
「無視?!」
「知り合いのパーティーがあるんだ。行こうぜ。」

「えっ。」

杉野が一瞬、嫌そうな顔をしたので、良平は首だけ持ち上げて振り向いた。
体を動かすとあちこちが痛い。

「嫌?」

杉野は慌てて首を振った。
「違うよ。むしろ楽しそうで行きたいと思う。でも…」
「何?」
「知り合いって…何の知り合い?大学の友達?」
「父親の会社の人。」
「ひぇっ。」
杉野が白目を向いて変な声を出した。
「お父さんとか……無理!無理!俺、自信ない。」
「杉野?心配することないよ。うちの親父、子供に興味ないから。あったとしても全部兄貴が話をしてくれるから大丈夫だよ。」
「き、恭平さんに迷惑をかけるわけには…」
「それが一番いい方法なんだって。お前が下手なこと言うよりよっぽどうまくいく。」
「……いや、やっぱり…良平だけ行っておいで。昼間に一緒にいてくれれば我慢するから。」
「おい…。」

良平は困り果てて体を起こした。
痛そうに顔を歪めるのを見て杉野が支えの手を差し伸べる。
その力強い腕とは対照的に、彼の表情は今までに良平が見たこともないほど頼りなかった。
自信がないのは本当のようだ。

心配することは何もないのに。

「杉野。」
「うん、ごめん…」
「何が嫌なの?俺の親父はお前に何か言うほど立派な父親じゃないよ。怖くなんかないよ。」
「いや…うん。わかってる。怖くないよ。」
「じゃ行こうよ。」
「…考えさせて。」
「何を?何を考えんの?」
杉野は目を泳がせて黙った。
「俺を嫁にもらうとかそういうことはふざけてでも言わなくていいんだぞ。」
良平の思い付くのはこれくらいのことしかなかった。
杉野は苦笑して頷いた。
「うん、それも言いたいね。いつかは。」
「言っとくけど俺が旦那になるんだからな。嫁はお前、だからな。」
「良平の大好きなネズミさんは、恋人のネズミくんのお嫁さんになるんだと思うんだけど。」
「…ッ。」
「良平はどっちが好き?」
「…お嫁さん…」
「な?じゃぁ旦那さんは俺だろ♪」

話が逸れ始めている。
良平は悔し紛れに、話を元の方向に強引に修正した。
「ほら、心配すること何もねぇじゃん。行こうぜ。」
「う、う〜ん…」
「何がやなの?教えろよ。納得したら俺も諦める。」

良平の真剣さに押されて、杉野は溜め息混じりに話し始めた。

杉野の両親は離婚している。彼は高校まで母親と暮らしており、大人になってから父親というものに接したことがなかった。
だからどう接したらいいのかイメージが湧かない。
しかも良平の父親は、良平自身が苦手としている。それに影響されて、会ったこともないその人物にかなりの苦手意識を抱いていた。
このタイミングで会いたくない。
クリスマスに息子が連れてきたのが小さくて可愛らしい女の子ではなく、背の高い銀行員の男だとしたら。

か、考えたくない…

聞き終わって開口一番、良平は予想通りの単語を発した。
「馬ッ鹿じゃねぇの。」
容赦ない一撃。
杉野は恨めしい目で良平を見た。
「そんなの初めからわかってたことだろ?!どんなに頑張ってもそれは一生改善されない。お前は可愛らしい女の子にはなれないし、俺はいつかお前を親父に紹介する。」
「……はぃ……」
「それに…これだけは言っておくが。」
「?」
「お前が高校の保健室で奪ったのは間違いなく俺の貞操で、あれから俺はお前しか知らない。青春とか女子との合コンとか、ふつーの男子が経験するだろうことを、全ッ部投げ打って今ここにいるんだ。わかってるな?」
「はぃ……」
「それなのに今更逃げるようなこと言うな。最後まで俺の面倒を見ろ!」
「はいぃ〜!」

良平の考え方はどこまでも…漢らしい。
責任の取り方を知っている。そして有言実行。
杉野は二歳下の無駄に偉そうな恋人の前でがっくりとうなだれた。

情けない。
良平の父親に会うくらい、なんともないじゃないか。
彼を失う怖さを考えれば、つなぎ止めておける何かが一つでも増える方がいい。
杉野は決心した。

「…わかった。行くよ。」
良平は、当たり前だ、と言うように深く頷いた。
目を合わせて微笑む。
この笑顔が目の前で拝めるのなら何でもしよう、と杉野は思った。

すると良平が腕を組んで言った。
「でも確かに…この時期って、なんか問題あるな。」
「へ?」
「クリスマスにお前連れてったら…いろいろマズいかもしれない。うん。」
腕組みしたままウンウンと一人で頷く良平。
杉野はぼんやりとそんな彼を見ていた。
「何が?」
「親父は俺にとってどーでもいいし、兄貴と聡平も別にいいけど…」
「え?」
「明美…が、なぁ〜〜。あいつが一番めんどくせぇな。」
「…。」
「う〜ん。」
明美の顔を思い浮かべる。何度シミュレーションしても、彼女を納得させられる言い訳が出てこない。
正直に言うのもはばかられる。

「やっぱ、やめるか。」
「えぇえ〜?!せっかく決心したのに!!」
「ごめん☆また今度、なっ!」

杉野は気持ちの行き場を失って仰向けに倒れ込んだ。


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