あるクリスマス P4



良平はやはり行かないらしい。
本人から直接聞いた恭平はそれ以上何も言わなかった。
良平の言い分には納得の余地があったし、無理に誘うものでもないと思うからだ。

一方、明美は初めてドレスを買ってもらえて上機嫌だった。
大人っぽい黒と清楚な水色のどちらにちようか迷ったが、一緒に買いに行った恭平が一言。
「このピンクのもいいんじゃない?可愛い。」
…とポツリと言ったので、即決。
普段ピンク色を使った服を余り着ないので似合わないと信じていたのに。
そのドレスを着てみると、デザインが良かったのか、意外と違和感がなかった。
むしろ年相応に見える。
黒や水色はまた何年後かに買えばいいや、と思った。…買う機会があれば、の話だが。

そのドレスを壁に掛け、一日一度はうっとりとした溜め息をついている明美にとって、良平の不在は気にもならなかったようだ。
当日、スカート部分の裾を膝の辺りでヒラヒラさせて、明美は舞っていた。
「兄さん、見て見て〜。」
回ったり跳ねたりして恭平の周りを飛び跳ねる。
恭平は自分のシャツのボタンを留めながら返事をした。
「見た見た。聡平、俺の財布にお金入れといて。」
「あいよ。」
既に着替え終わっている聡平が恭平の財布を開く。
「ぅわっ。破産してる。」
「下ろすの忘れただけ!いつもの引き出しに入ってるから。」
「ヘソクリ?」
「いざって時の、な。」
恭平は洗面所に入り扉を閉めた。
「あぁっ!兄さん?明美も入れて!鏡見たい!」
「ばかっ、スーツ着るの!脱ぐの!そこにいなさいっ。」
「しょぼーん…」

明美の甘えたがり度がマックスである。
聡平はこの光景をいつものように冷ややかな目で眺めていた。
「明美。清二は?いいのか?」
明美が振り向く。洗面所の前から離れて聡平の方へ歩き始めた。
「お互い家族と過ごすの。聡ちゃんこそ、彼女は?一度くらいうちに連れてきてよ。」
「嫌だね。からかわれるのがオチだろ。」
「クリスマスにほっといていいのぉ?」
「さぁ。」
「…冷たぁい。あたしそんな聡ちゃんの彼女にはなりたくない。」
「ほっとけ。」
お互い様だろ、と思ったが黙っていた。
聡平の彼女はテーマパークでアルバイトしている半フリーターである。半、というのは大学に在学しているものの休学届けを出しているからだ。
どうやらそのまま社員になってしまいそうなほど働いているが、聡平としては彼女の自由だと思っているので特に何も干渉していない。
今年のクリスマスは日曜だと言うこともあり、彼女の休みは無かったのだ。

そうと知らない明美は近い兄に不審の目を向ける。
「変な目付き。良平みたい。」
「えっ?あんな目付き…やだぁ!」
明美は思いっきり顔を隠した。
…我ながら兄を兄と思わない無礼な妹である。

恭平が出てきた。
「ごめん、遅くなった。」
黒と白のコントラストが恭平のすらりと長い体型に映えていた。

ちょうどそこへ孝平が車を庭へ置いて玄関に現れた。
「支度は出来たかい?そろそろ行くよ。」
時計は17時の15分前を示していた。
「はーい。今、行く。」
聡平が自分と兄のバッグを持っていち早く立ち上がった。明美がコートを掴んでそれに続く。
恭平は右足を軽く引きずるようないつもの足取りで急ぐこともなく最後に家を出た。
先に子供達を車に乗せ、遅れて家の鍵をかけていた恭平に、孝平は声をかけた。
「忘れ物はないね?」
「うん。父さんこそ会社は大丈夫なの?」
「峰山が必要なほとんどの社員をこのパーティーに呼んでるんだ。仕事にならない。」
「へぇ。」
恭平は峰山の様子を思い浮かべて笑みを零した。
「矢吹少年らは昼間から準備に駆り出されていたようだ。」
「えぇっ。峰山さん、やるなぁ。」
「寺崎くんも呼んだらしいが。果たして来るかな?」
ドキリとした。
孝平の突然の提案で本社を離れた寺崎。
元気でやっているか気になりつつも連絡先がわからず、時が経つにつれて記憶が薄れかけていた。
今から思えば連絡先がわからないのも、孝平がどこかで恭平の耳に入らないようにしていたのかもしれない。

「それから、」
孝平は小さな声で忠告した。
「孝介には気をつけなさい。他にも用心して。」
「え…?」
「少しでも誰かに触れられたら、帰ってからお仕置きだよ。」
孝平が耳元であまりに甘く囁くので、恭平は思わず真っ赤になって顔を伏せた。


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