あるクリスマス P5
パーティー会場は色とりどりの光を纏ったクリスマスツリーを中心に、様々な料理が至る所のテーブルに並べられている立食形式の空間だった。
壁に沿っていくつかのイスが並べられていたので、その一つに聡平が荷物を置いた。
「父さん、ここにあるのって全部好きなの食べていいの?」
「ああ、いいんじゃないか。入り口に皿やフォークが置いてあったよ。」
「やった。取ってこよ〜。腹減っちゃった。」
「あ〜っ。明美も行く!」
明美が恭平の隣から離れて後に続いた。聡平が振り返る。
「兄貴は?」
「お先にどうぞ。」
「わかった。じゃ行ってきま〜す!」
聡平は珍しくはしゃいでいる様子だ。良平のいないところではいつもの落ち着きが薄れることに、恭平は気付いていた。
双子の役割分担なのだろうか。
残された二人は目を合わせた。
孝平の蝶ネクタイが歪んでいるのが目に入った。恭平は手を伸ばしてそれを直そうとした。
そこへ、孝平に声をかける者が現れる。彼の部下だろう。
恭平は記憶にない顔触れだったが、彼らは恭平を知っているようだった。
「こんばんは、社長。峰山部長が待ってましたよ。」
一人が言った。もう一人は恭平にも頭を下げた。
「少しのお時間、仕事の話をしてもいいでしょうか?」
片方の男が言った。
孝平はちらりと恭平に目をやって、ため息混じりに答えた。
「ああ、聞こうか。恭平、ここで待ってなさい。」
「うん。」
恭平は頷いた。
そしてすぐに顔を上げた。
「あ、いや、俺たちのことは気にしないで。帰るときに車で送ってくれれば後は俺がなんとかするから。」
それを聞いて一人が笑った。
「それでは社長にアルコールを飲ませられないですね。」
「あ…。」
恭平は困った顔をした。それを孝平がフォローする。
「竹本に運転を頼もう。だから大丈夫だ。」
「それはいい。竹本さんなら安心だ。では社長、あちらで。」
「行こうか。」
二人に連れられて孝平は恭平の元を離れた。
恭平にそれを止める権利も術も表向きには何もなく、ただ三人の背中を見送るしかなかった。
優秀であろう部下に囲まれて仕事人の顔を見せる孝平。
かつては理解できなかった。だが今なら、彼が如何に輝いているかがわかる。
恭平は唇を噛み締めて、父の背から目を剃らした。
会場内の飾り付けは峰山の部下がほぼ全てを行った。部長曰く、人件費削減だそうだ。
学生時代からスポーツを含めた肉体労働が好きだった矢吹は、俄然張り切って協力した。
ツリーの飾りやその他の道具を控え室に入れ、仕事をやり終えた充実感に浸る。
後は片付けの時間まで会場内で自由にしていればよかった。
各テーブルを回って食べたい物を皿に取る。
ワインになど目もくれずがっついていると、隣のテーブルに恭平を見つけた。
口の中をいっぱいにしたまま、矢吹は恭平の元にすっ飛んでいった。
「ひょーへーふん。」
「え?!」
ぎょっとして恭平が振り向いた。
テーブルにいる数人が矢吹を見上げる。背の高さ以上に、注目したのは口元だ。
恭平の隣にいた明美は露骨に身を引いた。
「矢吹さん。」
「ひょーへーふん、ほおひへももみ?」
「??」
恭平は必死に聞き取ろうとしたが、誰にも理解できなかった。
「食うか喋るかどっちかにすればいいのに。」
聡平の呟きに明美が二、三度頷いた。
矢吹はやっとの思いで飲み込んで、言い直した。
「恭平くん、どうしてここに?!」
「招待されたからだよ。峰山さんの奥さんに。」
「あ、あ〜!そっか。なるほどぉ。」
大袈裟に感心しているところからすると、本気で今、納得したに違いない。
聡平が笑顔をひきつらせた。
「あの大きなツリー見た?上の方の飾り付け、俺がやったんだぜ。」
恭平はツリーを見上げた。この広い会場のてっぺん近くまで、高い木だった。
「本当に?すごいですね。」
「だろ?楽しかったけど。俺、高いとこ好きなんだ。」
間髪入れずに聡平が頭を抱えた。
隠れて笑いを堪える。
「あれ?あの子どうしたのかな。」
「あ、俺の弟です。ほら、聡平、挨拶して。」
言われて聡平は顔を上げた。
笑いを隠したポーカーフェイスで矢吹と握手する。
「聡平です。兄と父がお世話になっております。」
「いやいや〜、お世話になってるのは俺の方ですよ。あ、矢吹博人です。」
名前を付け足して手を握り返す。
恭平と似ているが、どこか聡明な感じがした。
「今いくつ?」
「21です。大学三年生です。」
「何かスポーツしてる?部活とか。」
「サッカーしてます。」
「ああ、やっぱり。いい体してる。今度腕比べしたいなぁ。」
矢吹は顔を綻ばせた。
スポーツの話になると顔付きが変わる。聡平は先ほど笑ったことを少しだけ反省した。
「こちらは明美。末の妹です。」
「こんにちはぁ。」
恭平の背中から顔だけ出して明美が挨拶した。
目鼻立ちのしっかりした、どちらかといえば美人である。
仕草から高校生くらいかなと思った。
「初めまして。お兄さんと似てるなぁ。」
矢吹は初めての人間に対して何も恐れずにスッと懐に入ってしまう癖がある。
「中身が似てる気がする。面倒見良さそうだよねぇ。」
その一言が明美の心を掴んだ。
彼女の中で好印象で素敵な青年だと判定されたのだ。
後で「矢吹さんっていい方ねぇ。好きな人を大切にしてそう。」と言って恭平をギクリとさせた程だ。
矢吹は恭平から一旦離れた。しかし両手にワインを持ってすぐに戻ってきた。
「はい、恭平くん。乾杯しよう!」
「いや…俺はお酒はあんまり。」
断る恭平に横から兄弟が反旗を翻した。
「兄さん、飲んでいいよ!」
「そうだよ。明美の面倒は俺に任せろ。」
「そうそ。聡ちゃんの面倒は明美が見るから。任せて〜!」
「……まぁ、じゃあそれでいこうか。」
聡平が早くも反論を諦めて明美に乗ったので、当の明美がギクリとして身を止めた。
「ちょっと…聡ちゃん。」
「何。あ、そこのデザート取って。」
「え?自分で取れば?」
「面倒見てくれるんだろ?」
にっこり。
これを見て、ぽかんとしていた矢吹が声を上げて笑った。
今回は聡平が一枚上手だったようだ。
恭平は矢吹と目を見合わせて、照れるように微笑んだ。
その笑顔に兄弟への気持ちを感じ取り、矢吹は胸が締め付けられた。
ワイングラスを掲げる。
「乾杯しようか。」
「はい。」
カツン、と二人のグラスが静かな音を立てた。