雷雨 P9



徐々に強まる雨の中、聡平が帰宅した。
家を出てから移動時間を差し引いてもあまり時間が経っていない。
思ったよりも早い帰宅に、明美はもとより良平も驚いた。
「お帰り。どう…」
「聡ちゃん!!兄さんは?!」

良平の言葉を遮って明美が迫る。
聡平は濡れた袖をタオルで拭きながら妹を一瞥し、良平に視線を投げた。
目を合わせ、口を開きかけるが言葉が出てこない。

あの兄の様子から、何かを感じているのにその正体がなんなのか、帰り道に考え続けたが答えが出ない。
かろうじて聡平は答えた。声が掠れなかったのは奇跡だ。

「…元気だったよ。父さんは今日、帰ってくるって。」

良平はソファーにもたれて半分体をひねったまま、聡平を見つめた。
その横で立ったままの明美が首をかしげる。
「兄さんは、帰ってこないの?」
明美にとって、父親の孝平のことなどどうでもいい。
心配なのは兄のことだ。
音信のない、優しい兄のことだ。

「兄貴は帰れないらしい。足が痛いんだって。」
「…足?」

良平が片眉をしかめた。
聡平は良平を見つめたまま、ふと目を閉じた。
「調子がよくなったら病院に行って診てもらうって。」
「…いつから痛いんだよ。まだ行ってねぇの?」
「そうみたいだった。」
「…ふーん。」

良平は深く息を吸い、飲み込んだ。
「なんか、隠してるな。」

びくり、と反応したのは明美だ。
次兄の確信めいた言葉は、時折ひやりと背筋を凍らせる。

「な、何を?」
「わかんねぇよ。でも、絶対何か隠してる。」
「やめてよ!…もしかして、本当に、変な女に…?!」

『いやそれは無い。』

頬に手をあてて白目をむきかけている妹に対して、双子の兄が同時にツッコミを入れた。
気にせずぶつぶつと口の中で何かを唱え続ける明美を無視し、良平は立ち上がった。
大股で双子の弟へ近付く。
「じいさんには、会ったのか?」
「いや会わなかった。庭にいる気配はしたけど、兄さんたちの雰囲気に気を取られて…」
「ふーん。兄貴の足は具体的にはどうなってんだ?」
「さぁ…詳しいことは。でも座ってるもつらいって。今は歩くのもつらそうだった。」
現に聡平は、座ったままの恭平が立ち上がることはおろか歩く姿も確認できなかった。
「そんなにか。また無理してやがんな。」
「うん…。熱出てるって。7度5分とか、言ってたかな。」

それを聞いて、良平が腰に手を当てて肩を落とした。
ふー、と大きくため息をつく。

良平は聡平に近付き、ポンと肩に手を置いた。
「ご苦労さん。お前、明美と留守番頼むよ。」
「え?」

自覚なく、珍しく情けない顔をしている聡平の耳元で、良平は囁いた。

「交代だ。殴り込みに行ってくる。」

え?!

聡平は目を見開いて良平を見た。
振り向こうとして…

肩に置かれた良平の手にぐっと力が入り、それを阻む。

「り、りょう!」

やっとのことで振り向いた時には、玄関の扉が閉まりかけていた。
扉の隙間から外の激しい雨音が入り、閉じるとともに消えた。


外は思った以上に風雨が激しかった。
台風かと思う天候だった。
バイクに跨り、警察を振り切りながら祖父の家を目指す。

もっと早いうちからこうすればよかった。
どうせ父親なんて頼りにならない。
祖父だっていつもの恭平を知っているわけじゃないのだから細かい異変に気付くことができないのは仕方ない。
どういう理由か知らないが、避けているのだ。

もっと早く。


「じーーちゃん!!!」

ヘルメットを被ったまま、勢いよくスライド式の玄関を開けた良平は、びしょびしょに濡れた服もそのままに、靴を脱いだ。
手にしたそれを投げ捨てて、乱暴に家に上がる。

「じーちゃん!どこだ!」

台所、居間、客間。

手当たり次第に障子をあけまくる。
古い家なので歩くたびに床や畳が軋んだが、気にしない。
雨のしずくが良平の歩いた軌跡を残してゆく。

スラッと音がして、良平の突っ立っていた部屋の奥の廊下が開かれた気がした。
そちらへ足を向け、縁側へ顔を出す。
「じーちゃん?!」

「…良平か。」

予想外に、その声は父の孝平だった。
いや予想外ではない。出てくるなら祖父か父のどちらかだと、良平はわかっていた。

「…親父。」
「驚いたな。ヘルメットを取れ、室内だぞ。」

言われて良平は、両手で頭にかぶっていたものを脱いだ。
滴が滴る。
額が少し濡れた。

「聡平には来てもらったが、君は呼んでないよ。」
「…呼ばれなきゃ来ちゃダメなのかよ。」
「そういうつもりではないが。どうしたのかな。」

どうしたのかな、じゃねー!
涼しい顔をしているのが余計に腹立たしい。
良平はむっとして顔をしかめた。
「まあ、いい。俺はあんたを責めに来たわけじゃない。返答次第じゃわかんねぇけどな。今、兄貴は。」
「先ほど眠ったよ。だからというわけではないが、もう少し静かにしなさい。」
「兄貴に話があんだよ。」
「話?」
「足の調子が悪いって?」
「ああ。どうやら痛いらしい。」
「いつからだ?」

良平の問いかけに。
孝平は一瞬言いよどんだ。
それを見逃す良平ではない。


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+表紙+