忘れ難き P5



その足で、良平は杉野の働く銀行に駆け込んだ。
息を切らせてキョロキョロと首を振っていたら、見つけた。

三番窓口で、客の対応をしている。
良平は乱暴に整理券をひったくり、外から見えない位置を選んで順番を待った。

杉野は、まだこちらに気付いていない。
おばさん相手に営業スマイルを浮かべる杉野は、普段見慣れないだけに、新鮮だった。
眺めていると、少しずつ心が落ち着いていった。

三人目になって、やっと良平の番になった。
良平は、ドカッとわざと音をたてて座った。

笑顔を崩さずにお客様のほうを見た杉野の動きが、止まった。

「……あれ?何してんの、良平。」
「お客様だ。」
「…何してんの、お客様。」
「今日何時に終わる?」
「…夜の八時くらい。」
「一緒に帰ろ。」

杉野は面食らった。
我が耳を疑った。

良平からこんなこと言い出すなんてまずない。
喜ぶ半分、不安も感じた。

突然、わ、別れ話されたらどうしよう……。

複雑な顔をしていると、良平がまた言った。
「一緒に帰ろ。駄目?」
「どしたの?」
「…一緒にいたい。駄目か。」

うわぁーうわぁーどうしたのコイツ。

杉野は今すぐ押し倒してしまいたい衝動をなんとかこらえると、営業スマイルを浮かべて言った。
「じゃ、終る頃駅にいて。」
「…嫌だ。この駅は嫌だ。」
良平の眉が一瞬にしてつり上がった。

ははーん。

杉野は過去の経験から何かを察して、その何かに嫉妬した。

「…じゃ、大学にいて。俺がそっちに行くから。」
「…うん。」

素直に頷いた良平は本当にかわいい。
そんなことを考えている杉野に目もくれず、良平はそのまま立ち上がって銀行を出た。

また全力で走って駅へ向かう。
杉野はそんな良平の影を気にかけながら、次の整理券番号を読み上げた。


その日、仕事が終わって帰るのを許されたのは夜の九時を過ぎていた。
良平には八時と言ってしまったので、怒っているかもしれない。
急いで良平の携帯に電話をかけた。

しばらくして受話器を取った良平の声は、意外と静かなものだった。

『…もしもし…。』
「良平?俺、拓巳だけど。」
『う〜ん…。』

なんだかパッとしない返事。

「寝てた?」
『寝てた…。今ドコ?』
「今駅のホーム。そっちの駅にはあと十分後くらい。大丈夫?」
『うん…。じゃ、駅にいく。』
ぼうっとした感じのまま、良平が電話を切った。

…本当に大丈夫なんか、あいつ。
杉野は逸る気持ちを押さえて、電車を待った。


良平の大学の駅につき、改札を通ろうとしたところで、目の前に仁王立ちでこっちを睨む良平を見た。
……目が覚めて、時間を確認して、状況を理解したものと思われる。

杉野は、気付かなかったフリをして通り過ぎてやろうかと思ったが、ずんずんと大股で近付いてくる良平のほうを向かないわけにはいかなかった。
怒りで吊り上がった眉と目が、こわい。

「遅いっ。」
「思ったように終わらなかったんだ…ごめんな。」
「…。」
いつになく、黙り込むのが早い。

今も、そして銀行に押しかけて来た時もイライラとしていた良平の表情が、ふんわりと和らいだ。
それを見てニヤリと杉野が笑みをこぼしたが、すぐに顔を引き締めた。

「帰ろ。送ってくよ。」
杉野が良平の背を押して、ホームに向かって歩き出した。
ついていく良平。
こんなに素直な良平を、西川少年が見たらどんな顔をするだろうか。

「どうしたの?なんかあった?」
いつもと違う良平に、杉野は聞いた。

「話したくないなら、いいんだけど。」
「いや…。うん。また、馬鹿にされるし…。」

俺がいつどこでどうやったらお前を馬鹿にできるというのだ。
…怖くてできないよ。

杉野は苦笑いして頭をかいた。
「馬鹿にしない。」
「…怒らない?」
「怒らない。」

「…今日、杉野んち行きたい。」
「ぶっ。」

…思わず鼻血出るかと思った…。

杉野は、不思議そうに自分を見てくる良平を見返した。
「…俺んち?…言いたいのそれだけ?」
「…そんとき、言う。」

「ふーん…じゃ、来る?」
杉野は降りかけたホームの階段の上で向きを変えた。
後ろからついてきていた良平を、段差の下から見上げる。

ニヤけた杉野にしかめっ面をして、それでも良平は大きく頷いた。


++
++
+表紙+