初雪の降る日 P4
次の日の昼の十二時を回った頃、一足先に良平の通う大学に程近い駅に辿り着いた杉野拓巳は、辺りを見渡して恭平がまだ着いていないことを確かめた。
外は雲っていて、今にも雨だか雪だか降り出しそうだ。
昨日の夜に降った雪は積もらずに消えてた。
電車の停車音が聞こえ、人が波のように降りてくる。
その波がひと段落してから、右足を軽く引きずるようにして歩く恭平が改札に向かって来る姿を捉えた。
「恭平さ〜ん。ここですよ。」
改札の外から手を振ると、恭平が笑顔でそれに応えた。
「ごめんね、待った?早めのに乗るはずだったんだけど…。」
乗り遅れた。
杉野は最後まで聞かずに口を挟んだ。
「いーえ、待ってませんよ。さあ行きましょう!」
杉野はノリノリで恭平の少し前をゆっくりと歩いた。
「杉野くん。」
「はい?」
「実は昨日、良平に俺が行くことを言っちゃったんだ。」
「ああ〜。」
杉野は苦笑して恭平を見た。
「知ってますよ。今日の朝、ガン切れ電話が掛かってきました。」
「うわぁ。」
電話の向こうで怒鳴り散らす良平を想像して恭平が変な声を出したので、杉野が笑った。
「んなヒかないでくださいよ。」
「大丈夫?良平の奴、怒ると何するか。」
「慣れっこですって。それよりも、結構人が密集してると思いますから、俺から離れないようにしてくださいね。」
「あ、はい。」
二人は大学構内に入って焼きソバとクレープを食べて、良平のいるライブ会場に向かった。
「う〜ん、予想以上に人がいっぱいいるねぇ。」
「そうだね…困ったな。」
「待ってください。保険、かけてあるんで。」
杉野は恭平を人気のないところへ連れて行くと、おもむろに携帯を取り出して電話をかけた。
しばらくして、受話器の外れる音がする。
「あ、もしもし?うん、俺。今入口のあたりに来てるんだけどー。ああ、そうそう。悪いね。それじゃ。」
「?」
あっという間に切ってしまった。
「誰にかけたの?」
「今来ますよ。」
杉野は楽しそうに笑って、辺りに目を走らせた。
すると人ごみを掻き分けてキョロキョロと人を探している少年がいた。
「あ。おーい祐也!こっちこっち!」
少年が気付いてこちらに向かってくる。
明美くらいの身長で、かわいらしい顔立ちをしている。
「杉野さん!」
「おーサンキューな、祐也。」
「いいですよ。あ…貴方が、良平のお兄さんですか。」
祐也の比較的大きな瞳に見つめられて、恭平は少しドキリとした。
「はい、恭平です。」
「話は聞いています…席を取ってありますので、そちらで大丈夫ですか?」
恭平が答える前に杉野が手を振って、早く行けとサインした。
コッソリと恭平のほうを向いて、杉野が片目を瞑ってウインクを投げた。
「これで心置きなく見れるでしょ。」
中はさくさんの人で溢れかえっていた。
舞台の上で後ろを向いて、瑞樹と顔をあわせて話し合う良平の姿が見えた。
頭にタオルを巻きつけて、この寒い中白いタンクトップに黒のパンツに黒のブーツ。腰に巻きつけた鎖が証明に当たって光っていた。
「…瑞樹。ヤバイ。」
「あん?」
良平と白黒反対の配色で同じ服を着て、ギターを手に持った瑞樹が振り向いた。
「あ、あ、兄貴が来てる。ヤバイ。」
「はぁ?何を今更…。」
観客席を見渡して、良平と似た顔の男が会場の隅の椅子に座っているのを発見した瑞樹は、同時に杉野や祐也も発見して口を開けた。
「なんか今日はたくさん知り合いがいるなぁ。」
「他の奴らはどうだっていいよ…問題は兄貴だっ。」
「どーってことねぇよ。歌えば忘れる。何もかも吹っ飛ぶぜ。」
良平がオロオロとしたまま落ち着かないので、瑞樹は軽く溜息をついて言った。
「てめぇが歌わなかったら、俺が一人でやっちゃうぞ。」
瑞樹ならやりかねない。
良平はこんな晴れ舞台を瑞樹一人に渡してなるものかと、目を見開いて食いついた。
「いーやッそれは駄目だ!お前一人目立つのは駄目!!」
瑞樹がニヤリと口の端を歪めて笑い、いつものようにマイクを放り投げてきた。
「そうそう。その調子。」
良平はそれを片手で器用に掴み取ると、瑞樹に笑い返して観客の方を向いた。
そろそろ兄貴離れをしてみてもいい。
「えー、皆さん。今日は寒い中俺たちのために集まってくれてありがとうございます。」
良平の声がスピーカーを通して会場に響き渡ると、観客は一瞬にして静まり返り、良平の声に応えて歓声を上げた。
恭平と杉野も、拍手をした。
「大学祭ということもあり、持ち時間は三十分なんですけど。精一杯歌わせていただきます!」
またもや歓声。
男女がほぼ同数と思われる会場の中は熱気で溢れていた。
ドラムの叩くリズムに合わせて瑞樹のギターがスタートする。
良平は緊張の中、チラリと杉野と恭平二人の方を見てから目を閉じて演奏に集中した。
きっと、大丈夫。