初雪の降る日 P5
良平の心配とは裏腹にライブは何事もなく無事に成功し、大歓声の中幕を閉じた。
恭平は弟の新たなる一面を見れたことに満足して、仕事の休みを取ってよかったと思った。
「二人に頼まれてるんで、アンケート用紙配ってきます。お二人も書いてあげてください。」
祐也はそう言うと、杉野と恭平に二枚ずつアンケート用紙を配って人ごみに消えていった。
彼らは簡単なアンケートに五分ほどで答え、人がほとんどいなくなってから舞台に近づいた。
次のグループに道具を引き渡すために良平と瑞樹が忙しそうに動いている。
初めに二人に気付いたのは瑞樹だった。
「あ、杉野先輩!お久しぶりっす!」
無邪気に走りよってきた瑞樹は汗だくだ。
杉野が軽く手を上げて応える。
「おーす。よかったじゃん。また腕を上げたな?」
「そうっすか?そりゃどうも。」
満更でもなさそうに笑って、瑞樹は恭平を見た。
「初めまして。岡田瑞樹っていいます。」
「良平の兄の恭平です。いろいろ話を聞いてるから、会ってみたかったんだ。」
「えー!ろくな話してないんじゃないんすか、アイツ。」
そんな時、受け渡しを終えた良平が後ろから駆けてきた。
「くぉら瑞樹!さぼるんじゃねぇよ!」
「ああ、ごめんごめん。」
「よっ、良平。」
「……よぉ杉野。」
良平の瞳が妖しげに光り、あれほど言ったのになんで恭平を連れてきたんだと訴えている。
杉野は舌をペロリと出してそっぽを向いた。
「良平!俺、感動しちゃったよ〜!」
そんな二人を無視して、恭平が良平の顔を見て目を輝かせた。
パシパシと手を打ってはしゃいでいる。
…アンタいくつだ。
「なんで俺には黙ってたんだよ。自慢していいと思うぞっ。」
「な…、なんだっていいだろそんなことは!」
良平は顔を真っ赤にして恭平の持っていたアンケート用紙をひったくった。
内容を目で追って、ますます震えだす。
「こんなこっぱずかしいこと書くな!馬鹿兄貴!!」
「えー。本当のこと書いたんだよ。」
「駄目だ!却下だ!没収だッ!」
恥ずかしがって怒鳴る良平に、瑞樹が食いついた。
「見せろ良平。」
「嫌だ!」
「いいから見せろって。気にするな。」
「テメェが言うなテメェが!」
良平は瑞樹の伸ばす手をかわして三人から距離をとり、その紙を握ったまま控え室の扉の方にダッシュした。
瑞樹がそれを追おうとして、思いついたように足を止めて杉野と恭平の方を振り返った。
「あの、今日の六時から暇でしたら打ち上げやるんで来てください。場所はあとで電話します。」
聞いて杉野が大きく頷いた。
「いいよ〜。俺は暇だから。恭平さんは?」
「俺は…帰って夕飯をしないと。」
「そうですか…じゃあ、俺だけ参加で。」
瑞樹はしっかりと手をあげて了解のサインを作ると、良平を追って控え室のほうへ去っていった。
「いいんですか〜?行かなくて。」
杉野がベンチに腰掛けて缶コーヒーを開けながら聞いた。
恭平は手にミルクティーの缶を持っていて、それを顔に近付けて溜息をついた。
「いいんだ。俺がいたら良平は心から楽しめないだろうから。」
「そうですか?今日のライブではそんなことなかったように思いますけどねぇ。」
恭平は静かに笑って、缶の蓋に手を掛けた。
「俺がいたら、あいつ俺のことばっかり気にかけて…必要以上に助けてくれようとするんだ。俺が頑張らなくてもいいように、自分が頑張っちゃうみたいなんだ。」
「…。」
パシュッと音をたてて缶が開いた。
中から湯気が溢れる。
「母さんが死んだ時、あいつより先に俺が泣いてしまったものだから。あの時から…良平は俺の前で泣きたくても泣けなくなったのだと思う。俺だけには弱いところを見せられなくなったんだろうね。」
「ふぅん…。」
杉野にはそれがなんとなくわかる気がした。
誰にも心を許さず、自分の気に入るものが傷つかないように目を光らせて、自分のことはじっと耐える。
「今日はありがとうございました。また誘ってください。」
そう言って笑う恭平の顔はどことなく良平に似ている。
さすが兄弟、と杉野は少しドキリとして、それを悟られまいと視線をそらした。
「それと、良平をよろしくお願いします。」
恭平がベンチから立ち上がって頭を下げた。
何事かと周りがこちらを見てくる。
驚いて杉野も立ち上がり、恭平の肩を掴んだ。
「ちょ…恭平さん。やめてくださいよ、そんな。」
杉野は途中で言葉を止めた。
目の前を白くて小さいものが落下している。
それはふわふわと舞って、恭平の頭の上に落ちて消えた。
「雪です、恭平さん。」
「あ…。」
恭平も気付いて空を見上げた。
頬が微かに濡れている。
それを見逃さなかった杉野はそっと指で涙を拭ってやって、言った。
「良平のことは、これからも二人で見守っていくんですよ。俺一人じゃとてもとても。」
「…はい。」
恭平の笑顔は、雪に紛れてとてもきれいだった。
駅まで恭平を送っていき、その後もう一度祐也をつかまえて大学構内を探索した後、杉野は飲み会の会場に姿を現した。
外は依然として雪が降っている。