遠距離恋愛 P4



「ただいま。」
鍵を開けて中に入ると、掃除機を片手に行ったり来たりしている兄の恭平がいた。
「兄貴〜ただいま。」
「あ。お帰り、良。」
掃除機を止めて、恭平が顔を上げた。

突っ立ってる良平を見て、片目を細める。
「早くない?あ〜、さてはまた授業さぼったな。」
「うるさいな。杉野が大阪行くっていうから送ってった。」
「ああ。だから昨日杉野くんち泊まったの。」
「…なんで知ってんの。」
昨日は杉野の一回目の電話のあと、慌てて家を飛び出してから一度も家には連絡していない。
恭平が知っているはずがなかった。

兄はぺろりと舌を出して、軽く肩をすくめる。
「さて。なんでだろう。」
「…杉野か?」
「ふふ。」
秘密を持った子供のように楽しそうに笑うだけで、恭平はそれ以上何も言わなかった。

杉野拓巳という男は、良平から見ても人間関係に無頓着で、高校でも大学でも好き勝手に行動しては問題を起こし、その度に責任から逃げ回る性格をしていた。
その割に生徒会をやったり一部の教授には人気があったりで、要領よく世渡りしている。

そんな彼は、良平を家に泊める時に必ず恭平に電話をいれることを欠かさない。
母親代わりをしていた癖が抜けない恭平を心配させることは憚られるのだった。
そこまで杉野が気を使っていることを良平はいまいち理解していない。

「いつ帰ってくるって、杉野くん。」
「一週間後。」
「ふーん。聡平と同じくらいだね。良平寂しい?」
「……別に。」
良平は悟られまいと、できるだけあっさりと言った。

恭平がきょとんとして意外そうな声をあげた。
「良平ってば強がりだなぁー。俺にくらい寂しいって言ってもいいんだぞ。」
「勝手に決めんな。」
「はいはい。」
恭平は諦めて再び掃除機のスイッチを入れた。

良平はバツの悪い表情をしてから、思いだしたように言った。
「あっ、そうそう、今日聡平に会ったよ。あいつ帰ってきてた。」

がちゃん!

恭平が持っていた掃除機を取り落とした。
良平が身構える前に、恭平が振り向いて迫って来る。

…だから自分で言えって言ったんだ聡平のやつ。

「うそっ!いつ?どこで?!」
「杉野送ってった時。」
「…なんで連絡してこないの?!」
「知らない外国人といたぞ。」
「えっ……そう。」
良平から目を離して、恭平が考え込むように黙った。

「日本観光してくるって。そのうち連絡あるだろ。」
「うん…。」
「兄貴は心配性なんだから。大丈夫だよ。」
「…わかった。」
恭平は無理に作った笑顔で笑うと、取り落とした掃除機を持ち直した。

それを見て良平は溜め息をつく。
杉野も恭平も、自分に比べたらずっと正直に表情も言葉も出すことができる。
いつからこんな性格になっちゃったのかな。

「今日、おでんだからね。」
恭平の言葉に頷いて、良平は二階の自分の部屋に上がった。


夕飯の支度ができるまで手付かずだったレポートをやっていたら、いつの間にか眠っていた。
外は真っ暗で、窓からもれる微かな光が部屋の中を照らしている。
頭のはっきりしないうちに、かばんの中でバイブする携帯の音を聞いた。

杉野かもしれないと急いで携帯電話を抜き取ると、かけてきているのは知らない番号だった。
何かの勧誘かな。
良平は面倒臭そうに通話ボタンを押した。

「はいもしも〜し。」
嫌味たっぷりに言ってやる。
かけてきたそっちが悪いんだ。
すると受話器の向こうからは聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ところどころ変なイントネーションのある外国訛りの男。

『こんにちは〜良平くんですか?泰史です。覚えてる?』
「…。」
なぜ泰史が自分の番号を知っているのかと考えて、聡平のいたずら顔を思い出す。
あいつッ。

「なんだよ。聡平と一緒にいるのか?」
『いえ、今聡平はお風呂入ってます。ちょっとお話、いいですか〜?』
「…何。手短にしろよ。」
『良平はカラオケ好きだと聞きました。一緒にカラオケ、いかが?』
「…は?」

これは、もしかして誘われてる?
良平は黙り込んで相手の出方をみた。
泰史は自分の好きな曲はどれだ、嫌いな曲はこれとこれ、イギリスでは今何が流行り、という話を延々としている。

そういえばこんなシチュエーション。

杉野と初めて出会ってから数か月、毎日のように向こうが電話かけてきたっけ。
杉野は話がうまいから、最初のうちは面白くて。
途中で疑って。
最後はかかってこないとドキドキした。

学校内では学年が違うから話せなくて、廊下で杉野が誰かと談笑してるだけでわけもないのにイライラした。そのなんともいえない気持ちのやり場がなくて、杉野が迫ってきた時につい真正面からぶつけたら、押し倒された。
特有のニヤニヤした顔で笑って、痛かったら言えよって。
それからの記憶はいまいちないからよくわからないけど。

『もしもし?聞いてますか、良平。』
「……ん?」
心配そうな泰史の声ではっとする。
泰史の話の内容をさっぱり覚えていない。
良平は罪悪感で頭をかいた。
「わりぃ、今日は忙しいから、また今度にして。」
『忙しいの?…そうですか。ではまたかけま〜す。おやすみ良平。』
「ああ、おやすみ。」

変な奴。
電話を切っても、泰史の声が耳元で響いていた。


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