遠距離恋愛 P5
出張に出かける前日に、毎日連絡してもいいか何度も確認していた杉野だったが、次の日もその次の日も、電話をよこしてこなかった。
良平の携帯を鳴らすのはしつこいくらいの泰史の番号。
良平は携帯電話が鳴る度にドキリとして、画面を開く度に無意識に溜め息をついた。
こんな小さな電話機に向かって一喜一憂してるなんて馬鹿らしい。
そう考えて何度か携帯ごと投げ出したこともあったが、しばらくすると気になってポケットにしまいこむ。
悶々としたままの良平を見て、彼の仲間は苦笑した。
「どうせ大した授業取ってないんだからさ、一日くらいかけて会いに行けよ。」
と行動派の瑞樹。
「良平から電話すればいいじゃん。」
と冷静に言うトーコ。
内気な祐也は
「今夜にはかかってくるかもしれないよ。」
と言ってなぐさめた。
誰に何を言われても、杉野から電話がないと動く気すら起きなかった。
いらいらする。
連絡がないことに拗ねたようにリビングのコタツに蹲ってぼやっとしていた良平の元に、右足を引きずる独特の足音をさせて恭平が近付いて来た。
気付いてはいたが、良平は振り向かない。
「良。寝てるの?」
恭平が声をかけた。
上から覗きこんで、目を合わせた。
「なんだ、起きてるの。」
「…。」
呑気な兄の声ですら、妙に気に触る。
恭平は良平の隣りに座って、コタツの中に足を入れた。
「どうしたの。元気ないじゃん。」
「…別に…。」
自分のことはからきしお鈍サンなのに、こういう時だけするどいんだから。
良平は恭平に背を向けた。
「…杉野くん元気にやってるの?」
いきなり核心をついてくる。
良平は見透かされたような気分になり、腹が立った。
「…知らねぇ。」
「ん?」
「連絡ねぇんだもん。だから知らねぇ。」
恭平は意外そうに良平の背を見つめたが、弟はうなだれたまま動かない。
拗ねてるだけだ。
だから機嫌が悪い。
こういう時はやいのやいの言うよりも、自分から立ち直ってもらうしかないと、長く母親代わりをしてきた恭平にはよくわかっていた。
「あーあ。嫌われちゃったね。」
わざと追い詰めるように言うと、良平の肩がピクリと動いた。
「良平が素直じゃないから、他の人のところに行っちゃったのかもよ。杉野くん優しいからモテるだろうしね。」
「…。」
「いいの、良平。杉野くん大阪でも人気者だよ〜きっと。」
「…るさいよ、兄貴。」
「良平にはもったいないくらいイイ人だったね。背が高くてかっこいいし。良平のこと一番に考えてくれてたし。」
「過去形で言うな…。」
「それをなぁ〜。良平が…。杉野くんが良平を捨てたっていうより、きっと良平が杉野くん捨てたっていった方が正解だなぁ。かわいそう杉野くん。」
ペラペラと流れるように言葉を紡ぐ恭平に、良平はついにガバッと身を起こした。
眉をつり上げて恭平に顔を近付ける。
「……だから!捨ててねぇし捨てられてねぇ!」
怒鳴られた恭平は少し驚いた顔をして、すぐに目を細くして言い返した。
人差し指を良平の胸に押し当てて、ぐりぐりとくすぐる。
「じゃ、今から確認してよ。」
「…あ?」
「今すぐに、電話で確認して。今でも良平のこと好きかって。」
「なん…。」
「か・く・に・ん。このままフラれたんでいいのか?!」
「だからフラれてねぇって〜〜〜〜!」
良平が部屋中に響く声で叫んだが、恭平は気にもせずに良平の携帯を奪った。
「良平がやらないなら俺がかけるッ。」
「なんでだよ!馬鹿兄貴…返せ!」
「じゃ〜、電話する?」
「……ッ!!」
真っ赤になって悔しそうに絶句する良平。
恭平は横目でその様子を眺め、呆れたように良平の携帯を開いた。
電話帳で名前を検索。
「杉野…す…す〜ぎ〜…」
本気でかけてしまいそうな恭平を押さえて、良平が慌ててまた叫んだ。
「わかった。かける!かけるから!!」
これを聞いたあとの恭平の顔と言ったら。
してやったりと嬉しそうに微笑んで、すんなりと良平に携帯を返した。
「さっ、今かけて。今すぐ。ここでね。」
「…。」
だめだ。
二十一歳になって、過去に大抵の気に食わない奴を叩きのめしてきた実績をもってしても、この兄には敵いそうにない。
良平はがくりと肩を落として、携帯の画面を見た。
ちゃっかり杉野拓巳の番号が大きく表示されている。
横では期待にキラキラと目を輝かせている、さっきとはうってかわって無邪気な様子の兄、恭平。
良平は溜息をついて、最後の抵抗を試みた。
「…んー。仕事中で、出ないかもしれないよ。」
消極的な良平の意見を良平は鼻で笑い飛ばして、にっこりと微笑んで言った。
「大丈夫。着信履歴が残っていれば、杉野くんは必ずかけてくる。」
良平も同感だった。
でもこのまま素直に同意するのはなんだか悔しい。
良平はわざととぼけた風に、恭平に向かって肩をすくめた。
「…どうかなぁ。」
「かかってこなかったら、本当に忙しいか、本当に嫌われちゃったかだね。」
良平がウッと言葉を詰まらせて黙った。
涼しい顔をして痛いことを言う。
恭平は自分の発言を全く気にした様子もなく、良平のことを急かした。
「大丈夫、俺が保障する。さ、早くかけてかけて。」
良平は追い詰められて、仕方なく通話ボタンを押した。
実はちょっぴりドキドキする。