遠距離恋愛 P6



良平が悶々と時を過ごしている間、大阪にいる杉野はというと仕事と連日の飲み会で疲労困憊の毎日を送っていた。
朝早く出勤して仕事を学び、そこで気に入ってもらった上司に連れられて夕方からは居酒屋へ。
ホテルに帰ったら疲れて眠ってしまい、次の日はまた朝早く起きねばならなかった。
良平に電話をかける暇もない。
三日目になってもその生活のリズムは崩れず、大阪の人たちのノリというか勢いみたいなものについていくのに必死だった。

束の間の休憩時間にはこっそりと外に出て、普段は吸わない煙草に火をつけていた。
佐久間家は禁煙一家なので、煙草臭いと良平からクレームがつく。
そのせいで杉野も禁煙生活を余儀なくされていたが、こうも忙しいと一本や二本は吸いたくなってしまう。

その日、杉野は休憩時間にいつもの場所で一服していながら、何気なく道路のを行き交う人達を観察していた。
自分や良平と同じような背丈の人が歩いていると、ついその後を目で追ってしまう。
良平は今ごろ何をしているのだろう。

良平のことをぼんやりと考えていたら、道路の向こう側から横断歩道を小走りで渡って来た人物に目が止まった。
小柄だが大人びた印象のあるその男は、身長とは対照的に長いマフラーを後ろで結んで端を風になびかせている。
見覚えのある顔。

彼が目の前を通り過ぎた時に、杉野は確信して声をかけた。

「…野田?」

男が振り返る。
杉野の顔を確認すると、野田少年は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「拓巳ぃ!お前、こんなとこで何しとんねん!なんで?いつから?」
「仕事でちょっと…。お前こそ、今はこの辺りに住んでるのか?」
「いや…ちゃうねん。東京よか近いけどな。」

彼の名前は野田和彦。
事情があって東京へ引っ越して来、杉野が中学の時の同級生だった。
その時少しだけ関係を持ったことがある。
その時は二人とも身長は大きくなかったが、野田は未だに小さかった。

「お前、相変わらず小さいなぁ。」
「…お前は背ぇ高なったな。スーツとか着とるから一瞬わからへんかったわ。」
気さくに笑う野田の笑顔もあの時と変わらない様子だった。

「仕事さぼってていいん?しかられるで。」
「うん…あと三分くらい。」
「へぇ。」
それを聞いて安心したのか、野田は杉野の隣りに腰掛けた。

「じゃ三分付き合ったるわ。ええかな?」
「もちろんいいよ。でもお前急いでたんじゃないのか。」
「別に〜。寒いから走ってただけ。」
「はは。」

野田は中学の頃とほとんど容姿も中身も変わらず、杉野にとっては話しやすかった。
反対に杉野は中学の頃と比べると身長も伸び、声も低くなって変わってしまっていたので、最初野田は戸惑い気味だった。
しかし中身はまるで変わっていないので、直に慣れた。
変わっていないというよりは、あのまま素直に大人になった感じだと、野田は思った。

なつかしくて話が弾むと、三分なんてあっという間だ。
これから盛り上がるという時に、杉野の携帯のアラームが時刻を告げた。

「あ、もう行かなきゃだ。」
「早いなー。ウルトラマン並やな。ほな携帯番号教えて。今晩電話するわ。」
「いいよ。じゃ、名刺やるよ。作ったんだ。」
杉野は胸ポケットから自分の名刺を取り出すと野田に手渡した。
それを見て野田が笑う。

「むちゃくちゃサラリーマンやな。」
「ほっとけ。」
「じゃ電話するわ。仕事頑張りや。」
「おう。」

杉野は手を振って野田と別れ、煙草の火を揉み消した。

その時だ。
携帯のバイブレーションがまた震えた。
杉野はオフィスビルの入口に入りながら携帯画面を開いた。
そこで固まる。

り、良平だっっ!!

胸が高鳴って、携帯を持つ手が震える。
こちらから掛けるまで向こうからは絶対に掛かってこないだろうと思っていたので、すごく嬉しい。
迷わず通話ボタンを押した。

「もしもし良平?!」
耳に当ててから気付く。
このビルの中は非常に電波が悪かった。
杉野は一分一秒を争うかの如く急いで外に引き返す。
嬉しさのあまり先ほどと同じ景色も明るく見える。

「良平…聞こえる?」
電波が回復するのに一瞬時間がかかって、クリアな音で、求めていた懐かしい声が耳元に聞こえてきた。

『…れ…電波わりぃな。オイ杉野?』

紛れもなく良平の声。
高くもなく低くもなく。
毎日でも聞いていたいと思うほど、今の杉野には大切な音のようだった。

心配してかけてきてくれたのだろうか。


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