遠距離恋愛 P7
「良平…。」
『あっ、杉野?おー繋がった。』
ノー天気な良平の声に、杉野は全身の疲れが飛んでいくように体が軽くなった気がした。
思わず言葉に詰まる。
「…!ごめんな良平、ずっと忙しくて全然電話できなかった。電話したかったのにできなかった。ごめん。」
早口に捲し立てて、杉野はその場にしゃがみこんだ。
恐らく怒られる。電話もよこさないで何やってたんだ、って。
でも、それでも構わない。
しかし杉野の覚悟もむなしく、良平はあっさりとした態度で何も言わなかった。
『いいよ。元気か?』
「元気は元気…ってか今元気になった!良平は?」
『全然元気。…よかった。』
よかった?
良平の言葉に少し疑問を持ったものの、舞い上がり気味の杉野の頭にはそれ以上勘ぐることはしなかった。
『あと半分、どうだ。なんとかなりそう?』
「ああ。きっと大丈夫。」
今良平の声聞いたからね。
杉野が言葉を続けようとした時に、向こうからまた野田が走ってくるのが見えた。
杉野に向かって手を振って向かってくる。
「あれ…?」
『え?』
杉野が振り返すと野田が近付いてきて、目の前で止まった。
爽やかに笑いながら、大きな声で言う。
「拓巳の番号聞いといて、俺の教えるの忘れとったわ。あ、すまん今電話中か?」
杉野に受話器を手で押さえる隙さえ与えずに、野田がペラペラと喋り出す。
杉野が呆気に取られていると、野田がペンで手帳の隅に字を書いて、破って杉野に手渡した。
「ほな、今晩電話するからな。出ろよ!」
「お、おう。」
「じゃあな〜。」
野田は走ってきて乱れた息を整えて、手を振って再び来た道を引き返しいく。
杉野はしばらく呆然としていたが、やがて気を取り直して会話を戻した。
「ごめん良平、何の話だっけ。」
『…携帯番号の話か。』
「ん?」
良平の声のトーンが明らかに下がっている。
長年の勘がこの状態はやばいと告げた。
『今晩電話?』
あっけらかんとした野田の発言で、良平に何らかの誤解を生じさせたらしいことは間違いなさそうだ。
杉野は溜め息をついた。
「待てよ良平、何か誤解でもしてる?」
『誤解?なんの?心当たりがねぇな。拓巳だって、知り合いか?』
言ってることがちぐはぐだ。
「良平、今のは野田って言って…。」
『…知るか!杉野の馬鹿たれ!切る!!』
「おい待て!切んな!!」
叫んでからはっとする。
慌てて回りを見渡すが、幸い不審に思った人はいないようだ。
電話の向こうで良平は黙っていた。
「あー。ごめん、怒鳴って悪かった。良平、聞いてる?」
『…ああ。』
「だからね、今のは野田っていう中学の時の友達でさ…」
『…。』
杉野はどうにか不信感を取り除こうと野田について教えたが、言えば言うほど後ろめたさが残る。
良平はその間中ずっと黙っていた。
「…ってかなんで俺は言い訳してんだろ。余計なこと言ってるかも。」
『…。』
「…良平、聞いてる?」
『聞いてる。』
良平の声には抑揚がない。
せっかく良平から電話をしてきてくれたのに、楽しい話の一つもできない自分に腹が立った。
せめて抱き締めてあげたり、キスしてあげることができれば。
いや、そんな贅沢は言わない。
せめて顔を見つめあうことができたなら…。
言葉だけでは物足りない。
しばらく沈黙していると、良平の方が動いた。
しかしその言葉は重く杉野にのし掛かる。
『…杉野。ごめん、忙しいだろ。切るね。』
杉野が絶句した。
よく考えたら自分には時間がない。
休憩時間は当の昔に終わっていて、できることなら早く仕事に戻らなくてはならない。
しかしこのまま良平のことを放っておくわけにはいかなかった。
「良平…」
杉野が引きとめようと言葉を選んでいる間に、良平が追い討ちをかけるように言った。
『ごめん、切る。またね。』
強い言葉に杉野の体は固まった。
いつもの怒っている時の声ではない。
……泣いてる?
杉野が再び口を開けた時には、受話器からは無機質な機械音が一方的に流れていた。