遠距離恋愛 P8
「はぁ〜〜〜〜〜。」
杉野は会議の終わった室内で、机に突っ伏して長い溜め息をついた。
どうしてこんな憂鬱な気持ちになってしまったんだろう。
杉野は答えの出ない自問自答を繰り返した。
今までのように今日も居酒屋へ誘われたが、今日ばかりは杉野も断らざるを得なかった。
体力もないが、気力もない。
丁寧に断って、早めにホテルへ引き返した。
良平にメールを送ってみたが、気付いてるはずなのに返事がない。
杉野が頭を抱えているところへ、野田から電話がかかってきた。
『なんやねん、元気ないなぁ。今日は暇やから聞いたるで。』
杉野の落ち込んだ声を聞いて、野田が優しい声をかけた。
小さいくせに、度胸と根性だけはだれにも負けない。
そんなところは、身長以外、良平にそっくりであった。
『なんや、付き合うとる男がいんねんな。やるなぁ、拓巳。』
「いや…。」
『そんでそいつが俺のことをなんや勘違いしてると。』
「ああ。」
杉野が頷く。
野田は一瞬間を置いて、飽きれたように溜め息をついた。
『…くだらんなぁ。お前ら付き合って何年目やねん。』
胸に突き刺さるストレートな言葉に、杉野はうっと呻いて黙った。
思えば過去に、杉野がヤキモキする場面は何度となくあったが、その反対はあまりなかったような気がする。
良平には見えないところではいろいろあったが、何気なく隠してきたので、喧嘩にまで発展したことがない、ような気がする。
『向こうがあまえんぼ過ぎんねん。どーんと構えてたらええんや。』
「そ、そうなのかな…良平はあまえんぼではないと思うけど。」
『じゃなきゃ幸せもんや。今まで嫉妬の一つもせんかってん、ええ経験になるやろ。』
野田の意見はシビアだ。
杉野も大方同意見だったが、それでは解決にはならない。
「俺が電話しなかったから、心配してかけてきてくれたのに…。こんな状態のままじゃ嫌なんだ。どうしたら仲直りできると思う?」
杉野には皆目見当が付かない。
大阪からでは遠過ぎて、家まで押しかけることもできない。
メールの返事がなく、電話にも出てくれなかったら連絡を取る手段がない。
自分にできることはほとんどないように思えた。
必死な杉野の声を聞いて、野田が呟くように言った。
『…妬けるなぁ。拓巳、その良平て子のこと、すっごい好きなんやね。』
「…うん。大事。」
『今度そこら辺を詳しく聞いてみたいわ。写真とかも見てみたい。』
「のろけ始めるからよしたほうがいいと思うけど。」
『ええよ。堂々としとるほうがこっちも気持ちいい。』
野田はそう言うと、声のトーンを上げて言った。
『ほな仲直りせんとな!…でもどうやったらええんやろ。東京帰れるようになるまで待つしかないんちゃうん?』
「それじゃ嫌だから言ってるんだろ〜!」
堂々巡りな野田の言葉に、杉野はがくりと肩を落とした。
悩みごとがある時は、何ごともうまくいかない。
というのは自分には当てはまらないものだと、杉野はなんとなくそう思っていた。
事実、自分の両親が離婚したのは中学の頃だったが、その頃の杉野は勉強も運動も抜きんでていて、何の疑問も抱くことなくクラスの中心人物となっていった。
不思議とストレスもたまらず、非行に走ったりもしなかった。
しかし、その日の杉野はどこかぼーっとしていて、ふとした時に苛ついていて、落ち着きがなかった。
社内でそのことに気付いている者はいなかったが。
そんな自分に舌打ちしながら、改めて自分の中における良平の存在の大きさを知った。
杉野の方から告白したとはいえ、付き合っているのに我儘言いたい放題。
馬鹿にするし偉そうだし、ちょっとブラコン気味だし。
顔と体はかわいいけど、性格は猛獣だ。
どこがいいのって言われたら、本当に悩むかも。
そこまで考えて、杉野は軽く苦笑した。
普段の良平の行動を思い出す。
我儘なのは言い出したことを曲げないから。
馬鹿にするのはある程度自分に自信があるからで、自信に漲るその姿が偉そうに見えてしまう。
誤解されがちだが、家族や大切な人のためには、手段を選ばず暴力だって奮う。
だから良平は、なぜか自然と仲間が寄ってきて、その仲間からは100%信頼されていた。
そんな良平が羨ましくて嫉妬しているうちに、気がついたらその魅力に引き込まれていた。
例えば恋が勝負なら、落ちた方の負け。
良平のこと、知れば知るほど愛しくて、もっともっと近くにいたいと思うようになる。
不思議な力を持っている良平。