遠距離恋愛 P9



杉野はがばりと机から身を起こして、上司に断って席を立った。
向かうは同じ階にある男子トイレ。

今だって良平が何をしているのか知りたい。
本当に泣いていた?
実はもう野田のことなんて忘れて、遊びほうけて遊んでる?
バイトしてる?
それとも、少しは考えてくれてる…?

確かめたい。
フラれたら、また片想いからやり直せばいい。
片想いはツラいからもう嫌だけど、良平のためだったらできる。
良平が笑ってくれさえすれば。

杉野はトイレの個室に入って鍵をかけ、良平に電話をかけてみた。
出てくれるか不安だったが。
悪い予感ほど当たるもので、呼び出し音はすぐに留守電に繋がってしまった。
二、三度繰り返しても留守電に繋がるので、諦めて良平の自宅にかけ直した。
仕事がなければ、恭平がいるはずだ。

数秒の後、受話器が上げられて予想通りの声がした。

『はいもしもし。』
「あ、佐久間さんのお宅ですか。杉野ですけど。」
『あ、杉野くん?』
「はい。あの、良平は…?」

『んー。良平は今、ちょっといないんだよねぇ。携帯に電話した?』
「はぁ。留守電なんです。」
『そう…。』
「あの、あいつ何時頃帰ってきますか?」
『う〜ん…。』
恭平の返事はいまいちパッとしない。
杉野は訝しげに眉を寄せた。

「良平、どうかしましたか?」
『いや、元気だと思うよ。』

…思う?

「言ってください。実はこの前の電話の時に、ちょっと良平に嫌な思いさせたような気がするんです。」

あの時良平の側で恭平が聞いていたことを杉野は知らない。
「恭平さん!」
必死な杉野の声にいくらか心を動かされた恭平は、苦笑して口を開いた。

『杉野くん、良平は大丈夫。ちょっと落ち込んでたけど、あいつのことだからすぐに立ち直るよ。君はまず仕事しなさい。』
「あ…」
『まだ勤務時間でしょう。一週間も家を離れてて、何も得られなかったら行った意味がないじゃないか。それこそ誰かに会いに行ったのだと良平が信じてしまうよ。違うんだろ?』

「ち、違います…。」
恭平の言葉が一つ一つ身に刺さる。
恭平の言う通りに間違いはなかった。
杉野は我に返って頭をかきむしり、溜め息をついてうなだれた。

「はあ…。俺、何やってんだろう…。」
今日で一番落ち込んだ。

うなだれた杉野の声を聞いて、受話器の向こうで恭平の笑う声がした。
『ふふ。元気出しなよ杉野くん!良平は逃げたりしない。きっと杉野くんの側にいるよ。』
「…はい…。」
『今は仕事仕事!うんと、それじゃね、何か良平が変なこと言ってきたら、俺が杉野くんの肩もってやるよ。』
「えぇっ?!そ、それはいいっすよ…悪いのは俺だから!」
『そお?でも良平だって、なんとかっていう男の子から毎日電話もらって、満更でもなさそうだったけどなぁ…。』
「…は?」
『あっ、言い過ぎた。今の忘れて。』

恭平はわざと言った風にも取れる明るさで、電話口で笑っている。
杉野の頭はパニックになった。
良平の回りにまたもや不穏な男が……?!

浮気はだめだよ良平〜!!

「恭平さん!その男の名前は!」
『え…知らない。良平に聞いて。』
「…!電話繋がらねぇし…。」
『だから、早く帰ってきなって。仕事終わればまた戻ってくるんだろ?』
「はい。帰ります!違った、仕事頑張ります!!」
『はいはい。』
「恭平さん、それまで良平のこと頼みますねッ!」
杉野の勢いに押されて、恭平が笑いながら頷いた。
挨拶をして電話を切る。

大阪に残された日数はあと二日。
何がなんでも完璧に働いて、一皮向けて東京に帰ってやる!!

杉野は散々悩んでいた野田とのことも何もかも忘れて、意気揚々と立ち上がった。

恭平のお陰で勇気のわいてきた杉野は、一週間の始めの元気を取り戻し、仕事に飲み会に積極的に参加するようになった。
再び電話もメールもする時間がなくなったが、どうせかけても繋がらないし、あと二日仕事を頑張るという決心は何よりも強かったようだ。

仕事が終わった日、会社での飲み会を終えたあと、東京へ帰ることを告げるために野田と会った。

「明日の何時に帰るん。」
野田が少し寂しそうに言う。
この甘えたような上目遣い、昔は何よりも好きだった。

「午後三時の新幹線。午前中は会社に寄るから。」
「そか。送りには行けへんけど、気ぃつけて帰りや。」
「ああ。」
二人は杉野の泊まるホテルの下で、野田の乗ってきた原チャリ横で肩を寄せ合って座っていた。
吐く息が真っ白で、風に舞って中空に消える。


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