遠距離恋愛 P11
次の日。
午前中に会社に寄って、昼過ぎに退社した杉野は、一人新大阪の駅へ向かった。
チケットに刻印してある時間と、腕時計の示す時間とを確かめて余裕のあることを確認し、駅の構内にある喫茶店で昼食をとった。
食べながらこれからの予定を考える。
東京に着くのは夕方六時前、それから会社に行って、それから…
プルルルル
携帯電話が鳴る。
公衆電話からだった。
不審に思いながらも、杉野は受話器を取った。
「はい、もしもし?」
コーヒーカップに手を掛けて、口に運ぶ。
次の瞬間、それを吐き出しそうになった。
『もしもし、杉野くんの携帯ですか。』
待ちに待った良平の声。
…良平の声、に似ているけど、でも少し違う気がする。
「…誰?聡平?」
杉野は用心深く聞いてみた。
これで良平だったらどうしよう。
杉野の心配も空しく、相手は残念そうな声を上げた。
『あれっ。ばれた!やっぱすげぇなぁ杉野先輩。諦めろ、良平。あ、今代わりますから。』
良平とそっくりなスラスラとした声が、杉野の心をくすぐる。
ヤバイ、むちゃくちゃドキドキする。
杉野がまともな言葉を紡げないまま、ごちゃごちゃといろんな音がしていた向こう側から、やたら大きな声でしゃべる良平の声。
『あーもう!杉野?俺、良平!!』
あまりの大きな声に、思わず杉野は耳と受話器の間に距離を置いた。
「う、うん、俺…。」
信じられなくてうまく言葉が出てこない。
『いま、どこ?』
「えっ…?」
『いま。どこ。』
「あ、えと…喫茶店。」
『はぁ?』
「新大阪の。」
『ああ。』
杉野は携帯を握る手が汗ばんで来るのを感じた。
体が緊張で強張ってる。
そんなことは露とも心配せずに、良平が言葉を続ける。
『今から、京都来い、京都。』
「え?」
『きょ・う・と。京都駅な。』
京都駅はここから一時間以内には行ける。
でも、行ったら乗る予定の新幹線には間に合わないだろう。
『あの、良平、俺新幹線が…。』
「あっそう。来たくなきゃ来なくていいよ…でも俺は待ってるから。」
『……えっ?!』
どういうこと?
良平は東京で、恭平さんと一緒に……?
「良平!お前今どこにいんの?」
『だから京都!だっつってんだろ!』
思考回路がまたも停止する。
言っている意味がすんなりと頭に入って来ない。
「は?!待って、聡平はなんでいるの?いつ帰国した?」
『あ、カード切れた。じゃ、京都駅な。どっかにいるから、探し…』
そこまでで、良平の声は途絶えた。
本当にカードが切れたらしい。
杉野は食べ途中の昼食をそのままにして勢いよく立ち上がった。
千円札をレジに置いて、何も言わずに店を飛び出した。
背後で店員が困ったように呼び掛けて来たが、この際無視。
慌てて切符を買ったら小銭をいくらか落としたが、これも拾う手間が惜しくて無視。
走り出した杉野は止まらない。
電車の速度がこれほど遅いと感じたのは初めてだった。
次から次へと去り行く景色に、良平と会えるという喜びが重なる。
期待で胸がはちきれそう。
そもそもどうして良平が京都にいるのかということすら、今の杉野にはどうでもよかった。
逢いたい。
ただ、それだけだった。
駅に着き、電車を出たところで杉野は立ち止まった。
京都駅が馬鹿デカイ駅だということに初めて気付く。
人の波を避けたところで慌てて良平の携帯に電話をかけるが、やはり留守電のまま応答がない。
杉野は途方に暮れつつも、とりあえず一番大きな改札から外に出た。
回りを見渡して、緑の掲示板に何か書いてあるのを見た。
近寄ると、見覚えのある字。
“杉野へ。鉄腕アトムにいる。良”
「………?」
はっきり言ってサッパリ意味がわからない。
とりあえず構内の地図が書いてある場所まで走り、鉄腕アトムらしき文字を探す。
近くに手塚治虫展でもあるのかと思ったが、そんなものは見当たらない。
壁の地図を睨んでいると、帽子にサングラスをかけた、杉野と同じくらい長身の男に話しかけられた。
しかも、英語で。
急いでるのにぃ〜〜〜!
改札までの道を聞かれたので、自分が今来た道を手短に教えてやった。
するとその男はやたらと感謝の意を示し、握手を求めてこう言った。
「Thank you , thank you ! How kind you are , Mr.Sugino !(ありがとう!なんて親切なんでしょう、杉野さん!)」
……What ?
「Why do you know my name...?(何故俺の名前を…?)」
訝しげにに聞き返すと男はアッと口を塞いで苦笑い。
そそくさと去ろうとしたので、その腕を捕まえた。