非日常 P2
「ん…っ。」
我慢し切れずに漏れた声が、室内に響く。
「どうしたの、良平。やっぱ…なんか元気ないじゃん。」
「え…?」
いつもなら始めのうちは真っ先に抵抗する足の、蹴る力が弱い。
「そんなことねぇよ。気のせいだろう?」
良平は、ズボンを半分脱がされて膝の辺りを持ち上げられたままの態勢で答えた。
「今日は、やめとくか。」
「…えぇっ。」
思わず残念そうな声を上げた良平に、杉野はニヤリと意地悪そうに笑った。
「あれれ、良平ちゃん、ヤりたいのぉ〜?」
「ば、馬鹿言うな変態!」
「変態とは随分ひどいなぁ…良平も十分に変態だぞ。」
「ふざけんな…じゃ、今日は本当になしだ!もう一生ナシだ!!」
「げっ。それは困る〜!」
杉野は慌てた声を上げ、機嫌を取るように良平の頬にキスを落とした。
良平の熱い体温を感じる。
「…。」
杉野はキスを続けたが、そろそろ飛んできそうな鉄拳が、今日は飛んでこない。
良平を見ると、しんどそうに目を閉じていた。
「どうしたの、本当に。何か嫌なことあった?」
「…はぁ?ねぇよ、今日は課題出しに行っただけだもん。」
「そう…でも元気ない。」
「大丈夫だって。元気のあるうちに、早くしろよ…。」
「…うん…。」
杉野は小さく頷いて、唇を頬から首筋、鎖骨から胸へと落としていった。
良平は時々吐息をもらしたが、何をしても反応が薄い。
杉野は、試しに胸のあたりを強めに噛んでみた。
「いてぇっ!」
さすがに驚いて声を上げ、良平が杉野の頭をスカンと殴った。
「痛いし!噛むな!」
「ごめん。」
杉野は怒鳴られると同時に謝って、良平の脱がしかけたズボンを元に戻した。
「なん…?」
良平が、怒る気も失せた様子で杉野を見つめる。
それを無視して、杉野は良平の隣りの枕に頭を預けて寝そべった。
「杉野…?」
「今日はやめ。良平元気ないから、今日は寝よ。」
「んな…元気あるってば。」
「俺も今日は疲れてるし。明日二人で元気になったら、でいいだろ?決まり決まり。」
「…。」
杉野がそう言うならまあいいか、と良平は素直に黙った。
目を瞑り、杉野の肩に顔を寄せた。
「ごめん。」
「何が?」
「なんとなく…。」
「はは。」
杉野は軽く笑って、良平の首の下に腕を差し入れた。
ぎゅっと抱き寄せて、額にキスをした。
絶対変だ。
おかしい。
夏でもないのに、こんなに、汗かくわけないもん。
良平が寝息を立て始めてからしばらくしても、杉野は起きて良平の様子を見ていた。
キスをした時も、こうやって抱きしめててもわかる、体温の熱さ。
額にはうっすらと汗が浮かんでいて、時折苦しそうに身じろいだ。
良平は大丈夫だと言ったけど。
昨日から頭痛がすると言っていたし、きっと体調が悪いのは本当なんだ。
自分のために無理に元気だと嘘をついた。
杉野は、良平のそういう態度を半分嬉しく思い、半分悔しくて腹が立った。
どうして言ってくれないのか。
つらいなら、つらいと。
苦しいなら苦しいと。
良平はいつも勝手なことばかり言うくせに、本当に自分が苦しいときは何も言わない。
きっとそれは、恭平さんにもそうなのだろうけど。
彼は実の兄だから、そういう弟の態度を見抜く目を持っている。
俺にはその目が、まだないような気がする。
いつも気付くのは少し遅れてからで。
今回のように、明らかに熱がある状態にまでならないと気付いてやることができない。
それがもどかしい。
良平が言ってくれさえすれば、何でもするのに。
杉野は良平に気付かれないように起き上がり、部屋を暖め、服を着替えてコートを羽織った。
体温計と、薬と、バナナと。
風邪を引いたときに必要なものは、なんだっけ?
「…うん…?」
良平は、額に何かひんやりとしたものが当たったのを感じて、呻いた。
なんかわかんないけど、気持ちいい…。
「良。起きた?大丈夫?」
「え…?兄貴…?」
「馬鹿、寝ぼけんな。ここは俺の家だよ。」
良平はゆっくりと目を開けて、そこに映った杉野の姿を確認した。
心配そうに、覗き込んでる。
「杉野…?どうした?」
「どうした、じゃないよ…。お前、すごい汗かいてる。俺のでよければ着替えて。これ。」
「汗…?」
あ、本当だ。
もそもそと布団の中で動くと、全身についた汗がべとつく。
「ああ…気持ち悪い。俺、どうしたんだっけ。」
「気持ち悪い?」
「うん、汗が。」
「ああ、そういうこと。ほれ、これに着替えて。」
杉野から渡された服を大人しく受け取って、良平は布団から出た。
のろのろとした動作で、着ている服を脱ぎ、新しいTシャツに袖を通す。
「お前、眠くないの?」
「いいから。良平は、寝てればいいの。」
杉野は少し怒ったような顔を向け、良平の脱いだ服を回収した。
「…杉野。なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ。」
「本当に?」
「ああ。」
杉野は良平の服を洗濯籠に放り込み、再びベッドの脇に戻ってきた。
気だるそうな良平が杉野のことを心配そうに見つめるので、杉野は困ったように頭を掻いた。
「熱があるって、言ってくれればよかったのに。」
「ああ…いや、熱があるとは知らなかった。」
「でも、風邪引いてそうなのはわかってたんだろ。」
「…うん。」
「それを、言ってほしかった。」
「ごめん…。」
良平が、肩を落としてしょんぼりと俯いた。
予想外な反応に、杉野のほうがきょとんとしてしまう。
「俺、そういうの伝えるの苦手で。でもお前には言うようにしてたんだよ。」
「えー?」
あれで?
俺は全然そんな風には感じないんだけど…
「でも昨日はお前に助けてもらったから、お前が喜ぶなら頑張らなきゃって思ったんだ。」
「…。」
「…。ごめん、俺何を言ってるんだろう。頭おかしい。」
良平はぼんやりと頭を振って、再び布団の中にもぐりこんだ。
「杉野、布団借りる…。」
「ご遠慮なく、どうぞ。」
杉野は極力明るく言って、良平に布団をかけてやった。
「全然、おかしくないよ。」
「え?」
「良平かわいい。大好き。」
「い、いらんこと言うな…。」
照れる良平を無視して、杉野は良平の額に濡れたタオルを優しく置いた。