非日常 P4



良平が今働いているのは、大学と自宅と杉野宅と、ちょうどその真ん中あたりにある駅の駅ビルの、カフェテリアだ。
隣りでは雑貨を扱ったコンビニのような店をやっているので、風邪気味の良平はそちらに回してもらった。

「っくしっ!」

商品を入れ替えている時にくしゃみをしたら、一緒に入っていた後輩が心配そうに尋ねた。
「佐久間さん、大丈夫っすか?」
「あー。たぶん。」
「顔色よくないっすよ。」
「んん。お前にうつして帰るから、明日には元気になっているはずだ!」
「げぇっ!やめてくださいよぉ〜。」
後輩が苦笑する横で、良平はもう一度くしゃみをした。

「っくしっ!!」

「…本気じゃないですよね、佐久間さん?」
「冗談じゃねぇ。……ティッシュくれ!」
「は、はいっ。」
完全に怯えた調子で、後輩は小走りにレジの後ろに消えた。

しきりにくしゃみや咳をする良平を、仲間の店員は心配したり苦笑したりしていたが、仕事に慣れきった良平の動作はテキパキとしているので、そのまま任せておいた。
夕方になって客の数が増えて来ると、忙しさも増したので良平もレジに立ったりもした。

そんな時、良平は店の外に出す雑誌を抱えて店の外に出た。
客の波を避けるようにして、雑誌をドサリと地面に下ろす。

ああ、また頭痛がしてきた。
こめかみ辺りを指で押さえてしゃがみ込んでいると、視界に影が差した。

「良ぉ平ぇ〜。」
「…。」

自分と同じ声が、どこか殺気の籠った響きをこめて聞こえて来た。
頭痛がしてるその頭を、背後の人間は構わずスコンッと拳で叩いてきた。

「って!いてぇよ聡平!」
「いてぇじゃねぇ!ったく、朝からなんか嫌な予感するなって思ってたんだよな!電話くらいしろよッ。」
「…なんで知ってんだよ。」
「俺が知らないとでも?お前と同じDNAの、俺が?知らないわけないだろうが!!」
「…み、店の前だよ、うるせぇよ。」
良平があたふたとして聡平の口許を手で押えた。
その指が熱くて、聡平が軽く溜め息をつく。

「杉野先輩の家にいたんだろ?家から消えたって、電話があって。端樹やらなんやらに電話かけまくっちゃった。きっと今ごろお前の携帯の着信履歴、大変なことになってるよ。」
「なぁ…っ。よ、余計なことを…。」
「余計なことをしてるのはどっちだってゆーの。ホラ、貸して。」

聡平が腕を伸ばして、何かを催促した。
良平にはいまいち意味が通じなかったようだ。
首を傾げて、聡平を見つめた。
「…はい?」
「エプロン外して。俺が代わりに働くから、お前は家に帰りなさい。」

「…はぁ?ちょ、ちょ…」
良平の反論を無視して、聡平は手際よく良平の体からエプロンをひっぺがし、自分に巻き付けた。
「シフト何時までだっけ?」
「…十時。」
「わかった。終わったら、俺も先輩んち行くから。」
「ちょぉ…ってゆーか!お前仕事わかんねぇだろ!」
「勘だ。」
堂々と言い放つ。

生まれてからこの方、良平に振り回されるのはもう慣れている。臨機応変に物事をやり遂げるのには、聡平には自信があった。
「…こんの、バイトマニアめ!」
「あんまり反抗すると、兄貴にばらすよ。チクるよ。こてんぱんにするよ。」
冷ややかな目線でそう言い放った聡平には、良平を黙らせるだけの迫力があった。言葉に詰まって、ウッと呻く良平。
「……。」

性悪めっ。

「なんか言った?」
「なんも言ってねぇ!」
悔し紛れに怒鳴り返して、良平は控え室に下がった。

先程の後輩が慌てて中についてきて、良平を掴まえた。
「ね、佐久間さん。帰るんですか?」
「ああ。ほんっと胸くそ悪いわあの男。」
「そんなこと言って、同じ顔ですよ。」
「俺より賢い分手に負えねぇ!」
それは自分の方が馬鹿だと、公言したことになるのだろうか。
後輩は良平の雰囲気を察して言葉を飲み込んだ。

「でも、あの…いま佐久間さんに抜けられると、困るんですけど…。」
客の数が、作業に追いつかない。
良平はなおも不機嫌そうにして服を着替え、一度だけくしゃみをしてから、答えた。

「あー…大丈夫。あいつ、使えるから。たぶん。」
「たぶん、て…。」
「責任は、全部あいつにある。どうにかうまくやることを祈っているよ。」
良平はポンと、年下の後輩の肩を叩いた。
「きゅ、急に他人事みたいに言うのやめてくださいよぉ。」
情けない声を上げて良平を見た彼に苦笑して、重たい体に鞄を持った。

「わりぃ、マジで頭痛いから、帰るわ。聡平によろしく。」
「あ、聡平さんっていうんですか。」
「ああ。使い分けなくていいよ。佐久間さんで通して。たぶんあいつ今、俺になりきって働いてるから。」
「は、はぁ…。」
「今度なんかおごるから。よろしく。」
良平はそう言い残して、裏口から控え室を出た。
そのフラフラとした足取りを心配そうに見送って、良平の後輩は、仕事場に戻っていった。


杉野の家に向かう途中で、良平は考えた。
…どうして、杉野の家から消えたって、聡平にわかったんだっけ?
杉野本人の帰宅にはまだ時間があるし…早く帰れとは言ったけど。
いくらなんでもまだ早すぎだろうし。

…。

……。

うう…朦朧として、考えがまとまらない。
良平は、隣の人が見てもわかるほど、真っ青な顔をして電車に乗っていた。

杉野の家まで、あと、何分だろう…


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