非日常 P5



やるとは、思っていたけど。

次は、終点です。お忘れ物のないよう…

座席に座ったまま眠りこけていた良平は、駅員に揺すられて起こされた。
「君、起きなさい。」
「…?」
「この電車はもう車庫に入るから。電車から降りてもらえるかい。」
「あ…はい。」
慌てて荷物を持って立ち上がった良平を、どこか心配そうに見上げて駅員が言った。
「顔色悪いようだけど、大丈夫?」
「…大丈夫です。」
慌てて言って、すばやく電車から降りた。
駅名の看板を見上げて絶句する。

杉野の家の駅は当の昔に通り過ぎていて、ここは降りたことすらないような、路線の終点駅だった。
鞄を落とさないように持ち直して、良平はがっくりと肩を落としてうな垂れた。

引き返すの…だるい…。

時計を見上げて時刻表を確認すると、やたらローカルな駅らしく、あと三十分以上待たないと、折り返しの電車はやってこないようだった。
とんだ時間の浪費だ。
良平は舌打ちしつつも、体のだるさに負けて、へなりとベンチに座り込んだ。

少し動いただけで心臓がドクドクする。
顔は火照っているのに、手や足は冷え切っていた。

良平は、鞄の中に手を入れて、携帯を探った。
そういえば、聡平が着信履歴がどうのこうのと言っていたような…。
確認しようと思って折りたたみ式の携帯電話をパカリと開き、画面を見たまましばらく呆然としていた。

…電源、切れてる。

「つ・か・え・ね・ぇえぇぇぇ〜〜…」
ボトリとそのまま携帯を鞄の中に落とし、良平はベンチの上に崩れ落ちた。
何もかもうまくいかない時っていうのはあるけど。
何も、こんな時にこんなところでその時が襲ってくることないじゃないか。
良平は情けなくなって、涙が出てきた。

「くそ…。」
良平は毒づいてから立ち上がり、上着が肩から外れているのも気にせず、ホームの階段を上り始めた。
出口の看板に沿って鞄を引きずるように歩き、清算を済ませて改札を出た。

改札にいた駅員が驚いて、
「…お客さん。鞄、引きずってるよ。」
と心配してくれたが、良平は振り返るのも億劫で、大きく手だけを振り返した。
「あー、だいじょぶっす。」
夜になると気温が下がるから寒いし、関節痛いし、鼻水出るし。青いか赤いかわからない顔つきのまま駅前をフラフラと歩き、公衆電話を見つけた。

「えーと…」
朦朧とした頭で番号をプッシュした先は、自宅。

「あ。違った間違えた。」

無意識に自宅を選んでしまった自分に愕然として、乱暴に受話器を元に戻した。
「くそー。杉野の番号、なんだっけ…。えーと…」
ぶつぶつと独り言を言いながら、搾り出した記憶から杉野の携帯に電話をかけた。よく思い出せたなぁ…さすが…、とか思っていたら、耳に杉野の慌てた声が聞こえてきた。
『良平?!』
「…。」

このアホの頭の中は、今の自分よりヤバそうだ。
良平は一人で確信した。

「違います。」
『…あっ。良平だっ。いま、どこ?!』
「違うって言ってんだろ!」
『今どこなんだよっ!!』

心配そうだった杉野の声が、途端に怒ったような声になったので、良平は驚いて黙った。
心配、するよなぁ…普通…。

『良平。答えて。今どこにいるの。』
「…駅。」
『どこの。』
良平は素直に駅名を言って、今の自分の状況を説明した。乗り過ごしたとは言わないつもりだったのに、怒った杉野には敵わなかった。
せっかく聡平にバイトを交代してもらったのに、これじゃあ完全に意味がなくなった。まだバイト続けてた方がマシだった気がする。

『俺、今から車出して迎えに行くから。電車待つよりその方が早い。』
「…ごめん。」
仕事はどうなったのか気になったが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
『じっとして待ってて。いいね。』
「わかった。あ、携帯の電源切れてるから。」
『…知ってるよ。さっきから全然繋がらないし。』
「はは…」
「笑い事じゃねぇ。んじゃ、待ってろよ。」
『あい。』

久しぶりに怒られた…。
良平はしょんぼりとして、電話ボックスから出た。
そのまま近くの花壇に座り込み、駅を眺めていた。

人通りの少ないこの駅にある明かりと言ったら、ホームから漏れる電球と、時折通りすがる車のライトぐらいだった。
コンビニすら、見渡すことのできる範囲には見当たらなかった。

「っくしゅっ。」

良平が何度目かのくしゃみをして、鼻をすすっている。
その彼の元に、酔っ払った若者二人が怪しげな足取りで歩み寄った。

「あれ〜?学生さんが、こんなところで一人で何やってるのぉ?」
「…。」
良平が不機嫌そうに、二人を見上げた。電車のホームから漏れた微かなの光に照らされた良平の表情に、二人の男が息を呑む。

「なんか、かわいーねえ君。名前は?」
「…酔っ払いに教える名前なんてねぇ。」
「君ねぇ、大人に対する口の利き方をもうちょっと、勉強した方がいいと思うよぉ。」
一人が仲間に目配せをした。

喧嘩なら買うぞっ。

気力だけならいつも通りの良平だったが、風邪に蝕まれた体は言うことをきかない。
「うわぁ!なにす…ッ?!」

二人の男は良平の口を押さえ、両脇から体を支えて引きずるように細い路地に押し入った。

ガチャン!

携帯電話が良平の鞄から零れ落ちたが、二人は気付かない。
良平は、駅より更に人気の少ない、暗い場所へと連れて行かれた。


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