非日常 P9



後日談@

「えー?杉野くんちに行ってご飯を食べるって?」
『そう。できたら、兄貴の料理が食べたいって。先輩の希望。』
「俺の料理って…。だって良はまだ熱あるんだろ?」
『昨日よりだいぶ落ち着いたって。』

恭平は、その日の昼過ぎに聡平からこんな電話をもらい、仕事を終えてから聞いた住所の元へ向かった。
良平のことも心配だし、行ってみるのもいいか。
夕飯を食べて早めに引き上げれば、父の帰宅にも間に合うだろう。

「いらっしゃ〜い恭平さ〜ん!迷わなかった?」
「お陰様で。」
明るく出迎えてくれた杉野に会釈をして、恭平は室内に入った。
聡平は夕方からのバイトでおらず、ベッドには、不機嫌そうにむすっとした良平が座っていた。
入ってきた恭平を見て、ウワッと顔を歪める。

「なんだその顔は。」
「元からこんな顔ですー。」
照れ隠しで視線を逸らし、口を尖らせた良平を見て、さすがの恭平の笑顔にもヒビが入った。
笑顔に殺気を含んだ雰囲気で良平に近付き、その頬っぺたを思い切り引っ張った。
「いひゃい!」
「このバカタレがっ。聞くところによると杉野くんに多大なる迷惑をかけたそうじゃないかッ。」
「ひ〜っ。」
「泣いて詫びなさい!それと、俺にも謝りなさい。黙ってることが一番不安だって、何度も何度も教えてるのに…っ。」
「ほ、ほほひゃひひへる。」

頬がちぎれる、という良平のせめてもの反論も、恭平の前では意味をなさない。
しかし横で見ていた杉野の方が、よっぽどオロオロしていた。

気が済んだ恭平がようやく良平の頬から手を離し、顔を近付けて確認した。
「今度やったら、お尻叩くからねっ。」
「ガ、ガキじゃあるめぇし…。」
「ガキです!!」
腕を組んできっぱりと言い放った恭平は、やっぱり敵には回したくないと、杉野は思った。

そんな二人のやり取りを見て、恭平の背後でフフ、と笑った人がいた。
杉野ではない。
恭平が驚いて振り向くと、部屋の隅に小柄な女性が座っていた。
口に手を当てて楽しそうに笑っている。

「…あ。」
恭平が慌てて姿勢を正し、隣にいた杉野に目配せをして誰だか聞いた。

「うちのお母さん。二宮妙子さんです。」
「初めまして。」
恭平は、杉野の方からゆっくりと妙子の方を向き、戸惑ったように頭を下げた。

なんで、杉野くんの母親が、いるんだろ?

「今回、良平くんがちょっとした行方不明になってしまったのは、私が目を離したからなんですよ。すいませんでした。」
「…え?!」
恭平が、意味不明と言った風に杉野と良平、それに妙子の顔を順番に見渡した。

妙子は良平の方を向いて、目を細めて笑った。
「いいお兄ちゃんじゃないの。うちにも一人欲しいくらいだわ。」
「いらないっす。」
その言葉に、恭平の周りの空気が揺れた。
「…。」
良平はつままれていた頬が急にヒリヒリしてきたような気がし始めた。
「あ、いります。すいません。もう言いません。」
「俺だって、良平みたいなの二人もいらないよっ。」
「あー!言ったなてめぇ!!」

熱も吹っ飛ばす勢いで良平が反論した。
「ふふ。」
杉野と妙子は、どこか似たような笑顔を浮かべてその光景を見ている。

「恭平さん、私も夕飯呼ばれたのだけど、いいのかしら?」
「あ。いいですよ。口に合うかわかりませんが…。」
「絶対大丈夫って、二人からお墨付きをもらったのよ、さっき。」
「え…。」
恭平が嬉しそうに良平を見た。
良平は視線が合う前に顔を逸らし、責任を押し付けるように杉野を見た。
「恭平さんの料理、食べた〜い!」
杉野はそれを受けて明るく言って、恭平を台所へ押しやった。

一時間ほどするとテーブルに料理が並び始め、二時間後には四人で食卓を囲んだ。寝巻き姿のままの良平の前には、少な目のおかずとお粥が並んでいた。

良平より早く、杉野の手が彼のスプーンを奪い、ニヤリと笑う。
「念願の、アーン、してあげるっ♪」
「いらねぇ!スプン返せ!!」
「遠慮せずに。さあさあ。」
茶碗も奪い取り、適量スプーンに取った杉野はニコニコとそれを差し出した。

「はい、アーン。」
「い、いやだっ。ってか自分で食べれるし。」
「そう言わずに。」
二人のやり取りを見ながら、恭平はもくもくと食事を続けた。
なんだかんだ言っていちゃいちゃしてるんだなあこの二人は…。
一方しばらくその様子を観察していた妙子は、ふと思いついたように行動を起こした。

「拓巳。貸しなさい。」
「え?」
「へ?」
押し問答を繰り返していた二人が、同時に妙子の方を向いた。
杉野から茶碗とスプーンを受け取った妙子は、ニッコリして言った。

「うわあ〜、おいしそう。いい匂〜い。恭平さんはお粥もうまいのねっ。」
「えっ?あ、はあ…」
手に負えないため完全に無視を決め込んでいた恭平が、驚いて頷く。

「良平くん、食べないと損よお。風邪も治らないかも。」
「もう、治ってます!」
「完治するまで治ってるって言わないのよ。病人は大人しくしてなさい。」
「…はい…。」
杉野も、そして恭平本人も、恭平以外の人物に対して素直に大人しくなった良平を初めて見たかのように驚いて、目を見張った。

「看病されるのに照れてどーするのよ。はい。口開けて。」
「…。」
妙子の差し出したスプーンを、良平はぱっくりと口に含んだ。
「あーん。」

「えぇ〜っ!!」

杉野がショックに顔を歪めた。
恥ずかしそうに耳まで赤くした良平が、モグモグと口を動かしてお粥を食べている。

「美味しい?」
「…はい。」

頷いた良平に、杉野はふらりと上体を崩して後ろに倒れた。
恭平も呆然とその様を見ている。
食べさせてやるなんて面倒なことはやってこなかったので、こんな素直に食べてくれるならやっておけばよかったと、ちょっぴり後悔。

「かわいいわねー。私、こんな息子がもう一人欲しい!ね、拓巳?……拓巳?」

倒れていた杉野は、やがて決意したようにガバリと身を起こし、妙子から茶碗とスプーンを奪い返した。
「俺もやる。」
「す、すぎ…っ。」
「拓巳、ファイト!」
恭平よりも遙かにノー天気さを表に出したような妙子が、良平の隣でゴーゴーサインを出した。その声に、良平が固まる。

こ、このタイプ、マジ苦手…

「はい。アーン。」
「…ぱく。」
良平は仕方なく、目を閉じてスプーンを銜えてやった。
その様子をじーっと見ていた杉野は感動に震えた。
良平の唇かわいいなー、なんて、妙子の前では口が裂けても言えない。

「…。」
「…。」
「もう、いいだろっ。後は自分で食うし!!」
良平は杉野から無理矢理茶碗を奪い取り、がつがつと食べ始めた。

「良平、もっとゆっくり食べなさい。」
恭平の一言にもウッと息を詰まらせ、動きを止める良平。

もお、やだ、こんな空間…。

ニコニコとした杉野の横で、良平は、何がなんでも早く風邪を治さなければ精神的に壊れそうだと思った。


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