襲撃 P3
黒板を向いてチョークを走らせる教授の講義を聴きながら、良平は片肘をつき手に顎を乗せながら、もう一方の手でクルクルとペンを回していた。
朝に会った赤い髪の彼。
名前を聞くのを忘れた。
杉野の家の最寄り駅にいたってことは、それよりも大きな、バイト先のある駅も利用している可能性が高い。
良平はこの日、バイトのシフトが入っていたので丁度いい。
もう一度会えたら名前を聞こう。
自分だけ名乗ってしまったからなんとなく不公平だ。
良平は終了のチャイムと同時に席を立った。
隣で大あくびをしていた友人の沢村が、涙を拭きつつ良平を見た。
「ふぁ〜。帰んの?」
「おう。今日、バイト。」
「俺駅まで一緒に行く。」
「俺も俺も〜。」
毎度のことながら、良平は黙って顔を引きつらせた。
…どうしてまた五人もついてくるんだっ。
五人は自然と良平を取り巻きながら、一つの団体になって片道十分ほどの駅までの道のりを歩いた。
「女子バレー部と合コン行く人っ。」
「はい!」
「ハ〜イ!」
「あれ?良平は?」
「行かねぇ。」
「なに、お前彼女できたのか?!俺らに報告は?!」
「そんなんじゃねぇーよっ!」
「いやむしろ、彼女がいたって合コンは別だぞ!ただ遊ぶだけだし!!」
「んなわけあるかっ。つか、バレー部に興味ねぇだけ!」
「そうなの?じゃぁダンス部は?吹奏楽部っていうのもあるぞ。」
「…どんだけ合コンしてんだお前。」
「行こうぜ良平。」
「勝手に行けよ。」
「つれなぁい…。」
沢村がぐちぐちと隣でしつこく勧誘したが、良平は一向に振り向く気配がない。
駅につく頃には四人とも諦めて、他の話題へ移っていた。
電車に乗るとさすがに大きな声で馬鹿話もできなくて、良平たちは順番に別れていった。
沢村が降りて、次は良平の番。
ちらりと腕時計を見てシフトの時間に間に合っていることを確認し、仲間に手を振って電車を降りた。
階段を登って改札をくぐる。
南口を出てすぐのところに立っているカフェ&コンビニが良平のバイト先だ。
裏から入って挨拶をし、良平は仕事を始めた。
そして、夜の九時ごろ。
良平によくなついている後輩が、コンビニ側のレジに立っていた良平の元へやってきた。
「佐久間さん。」
「なんだ?」
「店の外に、不良高校生たちがたむろしてるんですけど…。」
「え…?」
言われて良平はガラスの外に目をやった。
確かに、何人かがでタバコを吸いながら座り込んで喋っている。
バイクに跨っている奴もいて、なかなか厄介そうだ。
「確かに。てか邪魔。」
「だから、佐久間さんにお願いしてるんじゃないですか。」
「…お願い?」
「目をつけられないように追っ払ってきてくださいっ。お願いしますっ。」
後輩は顔の前でパンと手を合わせて、良平を拝むように頭を下げた。
おい、おい。
良平はたまらず苦笑いして、エプロンのポケットに手を突っ込んだ。
「も〜。俺が目をつけられちゃったらどうしてくれるわけ。」
「大丈夫ですっ。佐久間さんなら、たぶんっ!」
祈りのポーズをとった後輩は尊敬の眼差しで良平を見つめている。
どいつもこいつも勝手だ。
良平は掃除をするフリをして、コンビニの外へ出た。
四人ほどの不良を確認し、はぁ、とため息をつく。
「あのさ、君たち。」
「あぁ〜?」
全員が店員の良平たちを下から睨み上げる。
タバコが煙たい。
「ここ店の前だから。もう少し離れたところで話してくれない?」
良平はできるだけ柔らかい物腰で、彼らに伝えた。
座り込んでいた奥の一人が良平の方へやってきて、噛み付けるくらい近くに顔を持ってくる。
しかし良平は少しも怯まずに彼を見つめた。
一見、優等生にも見える綺麗な顔をしている。
「あんた何?お巡りさん?」
「ここの店員だけど。店の前で座られると困るんだ。」
「はぁ?あんたが困ろうが俺たちには関係ないんすけど。」
ぷち。
…だめだ、落ち着け、俺。
「どいてくれないかなぁ。」
「土下座して頼んでくれたらいいよ〜。ヒャハハ。」
「ん〜。それはできねぇと思う。」
「はぁ〜?じゃあ、俺らがどこで話してても文句言わないでもらえる〜?お・兄・さ・ん。」
ぶちっ。
…落ち着けってば俺!!!!
「そこをなんとか…」
良平が三度目の説得をしようとした時だった。
良平に背を向けて煙草をふかしていた男が、じゃりっと足を鳴らして良平の方を振り向いた。
その顔を見て、あ、と良平は小さい声を出した。
彼は良平に迫っていた綺麗顔の男の肩に手を置いて、良平から離す方向へぐいっと引っ張った。
「いてぇ!何すんだよ、智哉!」
「明人、もういい。行こう。」
「お前…。」
良平は智哉と呼ばれた背の高い男を見上げた。
赤い髪にこの目付きの悪さ。
間違いなく、朝、ゲームセンターで出会った男だった。
よからぬ雰囲気はしていたが。まさか制服姿で煙草まで吸っちゃうワルだったとは。
…と良平は人のことを言える立場ではないが。
「悪かったな、佐久間さん。」
「…名前、覚えてたのか。」
「ええ、まあ。」
「お前の名前は?」
「…。」
「教えろよ。俺だけ教えて、お前は名無しの権兵衛を気取るつもりか。」
良平があまりに怯まない態度を取るので、明人と呼ばれた男は不満そうに赤髪の彼を見た。
「おい。教える必要ねぇって。行こうぜ。」
「…先行ってて。ちょっとこの人と話がある。」
彼は良平と合わせた視線を少しもずらさず見つめたまま、明人や他の仲間を追いやった。