襲撃 P5



それからというもの機嫌の悪かった良平も、バイト時間が終わる頃になると落ち着いてきた。
「お先に失礼しまーす。」
良平はエプロンを外して、控え室へ戻った。
大きくため息をついて傍にあった椅子に腰掛ける。
自分のロッカーから鞄を取って、携帯電話を取り出した。

たぶん、もう家に帰っているだろう。
良平は携帯電話を操作して、電話帳を開いた。
無性に声が聞きたい。

プルルルルルル…
ガチャ。

『もしも〜し。良平?』
呑気な声。
でもそれが妙に、心を落ち着かせてくれる。

「…杉野。元気か。」
『元気だよ。って朝一緒にいたじゃん!どうしたの?』
「ん、別に。なんとなく。」
『あそう。バイト終わったの?』
「うん終わった。疲れた。」
『いやぁ〜、良平は無駄に動くからね。もっと要領よくしなくちゃ。』
「うっ…。うるせぇ。お前じゃねぇんだ。」
杉野は受話器の向こうでケラケラと笑っている。

笑っている杉野を想像したら、なんだか急に胸がしめつけられた。
脳裏には、さっきのキスが、思い浮かぶ。
不可抗力とはいえ、杉野を裏切ったような気分になる。
…汚れてしまったような気が。

「杉野。…ごめん。」
『え?何が。』
「別に…。」
『それもなんとなく?今日の良平はなんとなく星人だなぁ〜。そんな良平も好きだぞ!』
「うっ。うるせぇんだてめぇはいちいち!」
『怒んなって〜。』
杉野はまたもやケラケラと笑っている。
良平から着信があったことが何よりも嬉しいらしい。

「杉野。今日、俺お前んち帰る。」
『え?馬鹿、家に帰れよ。恭平さんが心配するし。』
「やだ。お前に会いたい!お前とキ…!」
『キ?』
「…………。…んでもねぇ。」
『は?』

キスしたい。

良平は自分が何を言おうとしたのかを認識し、羞恥のあまり両目を手で覆い隠した。杉野はきっと、キョトンとしてる。

でも…
今日のうちに杉野に会って、抱き合っておかないと、自分は穢れたままのような気がするのだ。

良平がしばらく黙っていると、勘のいい杉野は察したように言葉を紡いだ。
『まったくー。俺はいつでも大歓迎だから。おいでおいで。』
「…ガキ扱いすんなっ。」
『ドンと俺の胸に飛び込んできなさい!』
「死ねっ!!」
『ひ、ひどい。』


良平は一呼吸おいて、はっきりとした口調で言った。
「今から行く。」
杉野は相変わらず、おいでませ〜♪と冗談めいた口調で笑っていた。
調子いいんだから。

でも、ほっとするんだ。
この調子のよさに慣れすぎて、居心地がよすぎて。
他の男ではもう、間に合わないだろうとさえ思う。

杉野との電話を終えて、良平は鞄を持って裏口から出た。
ポツっと頬に水が当たり、何かと思って見上げると、空から雨粒が落ちてきていた。
「雨か…。走ろ。」
良平は鞄を頭の上に乗せ、駆け足で駅の階段まで行こうとした。
たった十歩ほどの場所だ。

半分ほど行ったところで、階段の下に座り込んでいる男と目が合った。
良平がギクリとして立ち止まる。
男は良平を見つけると、のっそりと立ち上がり、吸っていたタバコを地面に落として踏み潰した。
「…ま〜た、てめぇか。」
「言っただろ。今日、俺んち来いよってさ。車で行くから、濡れずに済む。」
「だから。ふざけんのもいい加減にしろよ。誰が狼みてぇなお前んちに行くかっての!」
「びびっちゃってんの?」
「愚か者め。俺はこれから約束があんだよっ。」
「女?」

いや、男。

良平は思わず口走りそうになって、辛うじてこらえた。
…ここはひとまず、女ってことにしといた方がよくないか?
ノーマルなんだって、アピールしといた方が……

「…そういうことだよっ。じゃぁな!金輪際てめーとは会わねぇ!」
「そんなこと言うなって…。佐久間さん。」
智哉が長い腕を伸ばした。
咄嗟に一歩あとずさりして、ドンッと背中に二人の人間を感じた。
嫌な予感がして振り返る。
自分より背の高い男が二人、良平の腕を後ろから羽交い締めに吊るし上げた。

「ちょ…っ!誰だ!」

締め上げられた肩に痛みが走る。
二人がかりで押さえつけられては、いくら良平でも逃げられなかった。

俺としたことが、不覚。

「畜生!放せよ!おい、智哉!!」
「嬉しいな。名前を覚えてもらえたようだね。」
「ふざけんなっ放せ…!」
暴れて見るがびくともしない。
良平を拘束した男たちは、智哉の指示で歩き出した。
雨の中を引きずられるようにして、暗い駐車場へと連れ込まれる。

黒い車の中に体を押し込まれ、良平は、こともあろうにどこから取り出したのか玩具の手錠をかけられた。
ガチャン!という無機質な音が、良平から血の気を奪う。
「おい!てめぇ…どういうつもりだ!!」
「逃げられちゃ嫌だからさ。予防策だよ。」
「…どこまで腐ってんだコノヤロウ!!」
良平がいくら叫んでも虚しいばかり。

「どうやってでも、来てほしくてさ。佐久間さん。」
良平の目の前で、雨に濡れた智哉は不敵に微笑んだ。


++
++
+表紙+