襲撃 P6



杉野は携帯電話を見つめたまま、布団の上で腕を組んで黙していた。

良平のバイト先から、どう頑張っても三十分。
いや、四十分くらいあれば、絶対にたどり着く。

良平の着信があってからかれこれ一時間たらず経過したが、訪れる気配は愚か、連絡さえもよこさない。
外は雨が降ってきているから、どこかで寄り道ということも万が一に考えにくい。
杉野は首をひねった。

良平の携帯に電話をかけても、留守番電話サービスに繋がるだけ。
十分程前に念のため佐久間家にかけてみたが、彼の兄はまだ帰っていないと言っていた。余計な心配はさせたくないので、うちに泊めますからと言って電話を切ったのが五分前。

…。

今から行く。

そう言ったよね、良平?


雨音が激しくなってきた。
それに比例するように、手錠をかけられた手首の痛みも増してくる。
良平は舌打ちをして、目の前の智哉を睨んだ。

「…で?」
「いらっしゃい。」
智哉は良平をベッドに繋いでおいて、ニッコリと微笑んだ。

…何がイラッシャイだ。

雨でずぶ濡れな上に、手錠はかけられるわ入りたくもない部屋に押し込まれるわ。
とんだ災難だ。

「大人しくついてきてやったんだからな。これ、解けよ!」
良平は手錠のついた手を智哉の目の前に差し出した。
その光景を妖しい瞳で見つめながら、智哉はただ笑っていた。

良平を拘束していた二人は、智哉の家の前で帰っていった。
高校生なくせに、一人暮らしなのだろうか。
他の住人がいるような気配はまったくない。
おまけに、見たところ社会人の杉野よりも豪華なマンションの作りをしているような気がする。

ほんと、何様だ、コイツ。

「てめぇ、何がおかしいんだよ。」
「え?いや…おかしくはないな。楽しいけど。」
「…気に食わねぇ…。お前、俺をここに連れてきて、何したいわけ?」
「何って?キス以上のこと?」
「お断りだ!!」
「だろうね。まあ、今すぐにってわけじゃないから安心して。まずは、この携帯。」

智哉は勝手に良平の鞄を開け、許可なく中を漁って携帯を取り出した。
「これはもう、必要ないから。」
「はぁ?!」
「しばらくここから出る必要がないからね。外との連絡も取らなくていいよ。」
「おい…。ちょ、待てっ!」
智哉は良平の携帯を開き、ゆっくりと頭上に振りかざした。
良平の制止も虚しく、それは床に叩きつけられる。

バーンッ!!

派手な音を立てて、良平の携帯が上下に弾け飛ぶ。
破片がピシピシっと飛び散る。
良平は呆然として、智哉を見上げた。

「…なんつう馬鹿力…。てか…お前、本気か…?」
「うん。ものすごく本気。」
真顔で言う智哉の目付きを、良平は初めて恐ろしいと思った。

「犯罪だぞ。」
「バレればね。」
「…。」
二の句も告げられない。
この不良、もしかしたら本気でもしかしたことも考えてるのか…?

「それから次に…あれ?手帳とか持ってないの?」
「持ってねぇ。」
「ふうん…。ならまあ、いっか。」
既に良平には相手が何を考えているのか全くもって理解不能だった。
頭にあるのは、どうやったら逃げ出せるのかのみ。

「常用してる薬とかってある?」
「クスリ?…ねぇよ。」
「ならよかった。」
智哉は一旦その場を立ち上がり、台所で屈みこんで冷蔵庫を開けた。
ゾクゾクっと背筋に寒気が走る。

本当に、逃げなければ。
良平は手錠のかかった手を動かして、どうにか抜けられないものかともがいた。
智哉は何を探しているのか、冷蔵庫の前で手間取っているらしい。

「ああ、あったあった。」
智哉が顔を上げた。
良平は歩み寄る彼を睨みつけ、ギリギリまで体を引いた。
彼の手には小さな小瓶があった。

「俺、男とするのは初めてなんだけどさ。まぁ、いいよね。」
「よくねぇ!つか…考え直せ。俺は男だ!!」
「今更、わかってるよ。でもね、なんだか佐久間さんとだったら、道を踏み外してもいいなぁって思っちゃったんだよね。どうしてかわからないけど。」
「んな…っ。こんなことして、俺がお前のこと好きになるとでも…っ。」
「好きになってもらいたいわけじゃないよ。どちらかといえば、そうだな…、嫌われたいかな。憎まれたい。」

智哉の目は本気だった。
良平には到底理解できない曲がった愛情が、彼の中に渦巻いている。

智哉は小瓶を持って、良平に近付いた。
「これを吸ったらね、すぐに気持ちよくなれるんだって。あ、でも麻薬とかじゃないから安心して。」
「…とか言って、麻薬なんじゃねぇだろうな。」
「大丈夫だって。俺も後から吸うから。まずは、佐久間さんが吸って…。」
小瓶を押し付けられて、良平は息を止めた。

もう少し。
…もう少し、こっちへ来い…

「佐久間さん。吸わないと。」
智哉が小瓶を押し付けるために良平へと近付いた。

今だっ!

良平は引いていた身をがばっと起こし、智也のこめかみに頭突きを食らわせた。
「ぐわっ?!」
智哉が大きく仰け反って、打たれた箇所を両手で掴んだ隙に、良平はその場からぱっと駆け出した。
手錠はつけたままだが、それをベッドに繋いでいたタオルを解いてやった。
…手を抜いててくれて助かった!

「待て!佐久間!!」
後ろから声がかかったが待てるはずもなく。
良平は玄関の鍵を開け、ドアから外へと抜け出した。
足の速さなら自信がある。
良平は二階の階段のスロープを飛び越え、雨の降る暗闇の中へと飛び出した。


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