襲撃 P7
深夜二時。
日付が変わる頃に高校時代の先輩である杉野拓巳から電話を受けた岡田瑞樹は、携帯電話を握って大学の周辺をウロウロしていた。
バイクで辺りを探してみたが、探している人物の姿が見つかるはずもなく。
バイト先の周辺にも行ってみたが、見つからなかった。
どこに行ったんだ、良平の奴。
寝るに寝られず寮の周りをうろついていると、携帯電話が震えた。
番号がない。公衆電話からだ。
「もしもし。」
『瑞樹っ。瑞樹?!』
「…良平か!心配したよ、今どこだ?」
『瑞樹…頼む!助けに来てくれっ!』
良平の切羽詰った悲鳴のような台詞に、瑞樹は怒りも忘れて駆け出した。
バイクに跨り、エンジンを入れる。
「よくわかんねぇけど…すぐに行くからっ!」
瑞樹は携帯を切ってポケットへ突っ込み、ヘルメットを被って走り出した。
ここからだとどう急いだって二十分以上かかる場所にいるようだ。
どうしてそんな場所に、こんな時間に、杉野先輩に連絡もしないでいるのかよくわからないが、それよりもまず、迎えに行ってやらなければならない気がした。
瑞樹が来るのを待っている時間は長かった。
勢いを増した雨音が、耳に痛いくらい鳴り響く。
人通りは少なかったけれど、隠れるように蹲っている場所に足音が近付いてくると、智哉かと思ってびくついてしまう。
車が通ると、中から見られているような気がするし。
煙草の匂いも、今は一番嗅ぎたくない匂いだった。
電話した先が自宅でもなく、杉野でもなく、瑞樹であったのはわけがある。
もし万が一、自分と会っている間に智哉の仲間に顔を覚えられてしまったら、抵抗できるのは瑞樹ぐらいしかいない。
杉野も恭平も、そしてあの父親でさえも、理不尽な暴力には抵抗できないだろう。
良平は、無意識に手が震えてくるのを感じた。
雨の降る中、身動きもせずに蹲っていた良平は、公衆電話の横にバイクが寄せられるのを見た。
暗くて様子がよく見えないから、用心し、彼がヘルメットを取るまで隠れていた。
男は雨の中大した厚着もせずにびしょ濡れになりながら、ヘルメットを外した。公衆電話の僅かな光に照らされて現れたのは、親友の岡田瑞樹の整った顔だった。
思わず涙が出そうになるのをこらえて、良平は建物の影から飛び出した。
「瑞樹っ!」
キョロキョロと辺りを見渡していた瑞樹は、声に気付いて良平の姿を捉えた。
「良!お前、何やって…!」
「ごめん!本当…ごめん。みず…きぃ…っ」
「え?おい、泣くなよ。どうしたんだよ良平。」
瑞樹は心配そうに親友を見上げ、その手首に付けられた手錠に気付いた。
思わず顔をしかめる。
良平はその頬を雨だか涙だかわからないほど濡らしていた。
「ここから逃げたい。逃げよ、瑞樹。」
「え?待てよ、事情を…」
「後で説明するから。誰にも迷惑のかからない場所へ行こう。」
「…。」
良平は何かに怯えるようにキョロキョロと辺りを見渡し、それから瑞樹の後ろへと跨った。
瑞樹は軽くため息をついて、持っていたヘルメットを良平に手渡した。
「これ被れ。」
良平は言われたとおり、瑞樹からヘルメットを受け取り頭に被った。
瑞樹は座席の下から予備のヘルメットを取り出して、それから良平を振り向いた。
「その…腕のけったいな物は取れないのか。」
「取れ、ない。」
「…仕方ねぇなぁ。そんなもんつけてる奴後ろに乗せてたら、警察捕まっちまうよ!」
瑞樹は呆れたように言って、バイクに座りなおした。
「腕。通して。掴まってないと落ちるから。」
良平は小さく頷いて、瑞樹の頭の上から手錠のついた腕をくぐらせた。
瑞樹は器用に体をすり抜けさせ、腕を出してヘルメットを被った。
「誰にも見えねぇようにしっかりと握ってな!遠回りして帰るぞ!」
「わかった…!」
こういう時の瑞樹は、とても頼りになる。
良平は雨に濡れた瑞樹の背にぎゅっとしがみ付いて、どうか智哉に見られていませんように、と天に祈った。
十分に遠回りをし、後を付けている者がいないことも十分に確認し、それから二人は瑞樹の住む寮へ入った。
大学構内に立っているから、とりあえずは大丈夫なはずだ。
瑞樹は良平を室内に通し、とりあえず雨に濡れた体を拭いて服を着替えた。
次に良平の手首につけられた手錠を壊しにかかる。
簡単な玩具だ。
少しいじって強い力を加えると、簡単に壊れてしまった。
「ちくしょう…。」
良平は悔しそうに呟いて、赤くなった手首を摩った。
瑞樹に大方の事情を説明すると、彼は驚いて終始目を見開いて話を聞いていた。明人の名前が出ると、その表情を強張らせた。
「明人?…やたら顔が綺麗な男か?」
「そう、だったと思う。知ってるのか?」
「いや…。人違いだといいんだけど。」
瑞樹は一人で首を傾げて、良平の話の続きを促した。
聞き終えると、瑞樹はため息をついてカーテンの隙間から外の様子を伺った。
「世の中には変な奴らがいるんだなぁ…。」
「おかしいよあいつ。絶対。」
「なあ…。警察沙汰だよな。杉野先輩に電話はする?」
「余計な心配かけさせたくないけど…」
「でもあの人きっと、まだ起きてるよ。むちゃくちゃ心配してると思う。」
瑞樹は言って、自分の携帯電話を良平へ向かって放り投げた。
「かけろよ。差し障りないことを言って、とりあえず安心させとけって。」
「…わかった。」
良平は渋々頷いて、受け取った携帯電話の中を開いた。
午前三時。
…明日も仕事だというのに、きっと馬鹿みたいに携帯を握って起きているに決まっている。
杉野…杉野…。
会いたいよ。