襲撃 P8
ガラガラガラ…
錆びた鉄の扉が開く音が、薄暗い倉庫のような場所に響く。
その音にそこにいた四、五人の男が振り向く。
入って来た長身の男を見て、彼らのうちの一人が席を立った。
「よぉ、智哉。新しい恋人とはどうした?」
彼は水口明人。
面長で冷ややかな、傷一つない顔をしている。
明人の笑顔をギロリと一瞥して、智哉は首を振った。
赤く染まった髪の先端から水しぶきが飛び散る。外はまだ、雨が降り続いているようだ。
智哉は良平に打たれた箇所を無意識に手でさすり、不機嫌そうな声で答えた。
「逃げられた。」
「逃げられた?!…マジかよ。」
「すげぇ〜。やるなぁ、さすが。女とは違うな。」
智哉の言葉に仲間たちが感嘆の声を上げた。
智哉はポケットから愛用の煙草を取り出して、鉄筋が積み上げられている一角にどかっと腰を下ろした。
ここは智哉の住む家からあまり遠くない、古くなった工事現場だ。
作業員はおろか、住人すらもあまり寄り付かないので、智哉たちはここ最近のたまり場としている。
智哉は良平が部屋から飛び出した後、あまり探す気にもならずにまっすぐにここへ来た。
警察に届けられたら逃げればいい。
まぁ、あの佐久間良平が大人しく警察に届け出るとは思えないが…
「追っかけなかったのか?」
「ああ。」
「珍しいな。今までの相手だったら、地の果てまでも追いかけていくくらいのガッツがあったのによ。」
「智哉らしくねぇな。」
「俺たちの協力はなんだったわけ?」
次々と言葉を投げかける仲間たちを鬱陶しそうに見て、智哉は口に咥えた煙草に火をつけた。
「うるせぇな。諦めたわけじゃねぇよ。」
「ふーん。しかもそいつんちってここから結構遠いんだろ?電車は動いてねぇし…どうやって帰るんだろうな。」
「野宿でもすんのか?」
「やりそー。」
何も知らない仲間たちは何が楽しいのか、愉快そうに笑った。
腕を組んで智哉の近くに立っていた明人が、ふと思いついたようにぽつりと言った。
「いや…。仲間が迎えに来たかもしれない。」
「仲間?」
「ああ。というか…佐久間良平。昔は二人でつるんでたはずだ。確か、ほら…」
「…岡田瑞樹。」
仲間の一人が、ぼそりと言った。
全員が彼を見て、ああ、と頷いた。
「確かに。むしろ佐久間よりそっちの男の方が有名じゃねぇか?高校になって、優等生ぶったら女にモテ出したって話だ。」
「そう、そいつだ。」
明人は大きく頷いて、唐突に、昼間出くわした牧村都代子のことを思い出した。
明人は良平たちとは全く逆で、中学生までは根っからの優等生であった。喧嘩もあまり強くない。
そんな自分がまさか智哉のような凶暴な男とつるんでいるなんて、彼女は思いもしないだろう。
中学の時、明人は都代子のことが好きだった。
だから今の自分は知られたくないと思う。
彼氏ができていて、ある意味半分ほっとした。
と、そこまで考えて都代子の隣にいた男のことが自然と脳裏をよぎる。
…待てよ。
確か奴の名前も“ミズキ”だと都代子が言っていたはずだ……
「…岡田瑞樹。そいつならもしかしたら心当たりがあるかもしれない。明日、探してみようか。」
「探してどーすんの、明人?」
「佐久間の居所を吐かせるんだよ。もちろん、奴を人質にしておびき出してもいい。」
明人の発言に、仲間の一人が慌てて立ち上がる。
「おい、やめとけよ。岡田瑞樹っつったら、中学の頃は相当有名だったぜ。俺はやりあったことねぇけどよ。」
「ただ有名だっただけかもしれない。そんなにヤバそうな奴じゃなかった。」
「なんだ、会ったことあるのか?」
「いや、心当たりがあるだけ…。」
明人はふと、人違いだったらどうしようかと思った。そもそも都代子と岡田瑞樹とがどこでどう知り合えたのか、明人には想像もつかない。
「おい、智哉。」
「…んだよ。」
「それでいいか?」
「なんでもいいよ。俺は佐久間良平をもう一度この手にできればそれでいい。」
「決まりだな。明日、佐久間を探すついでに岡田瑞樹も探ってみようぜ。」
「よっしゃ。なんだか楽しくなってきたな。」
ニヤついてガッツポーズをした一人が、あらぬ方向を向いて煙草をふかしている智哉の方を向いて言った。
「なぁ、智哉。お前が手に入れたら、俺にも佐久間を譲ってくれよ。」
「は?」
「あ、俺も俺も。どーせ何人でやったって同じだべ。最初はお前でいいからさ。」
彼らは平然と、さも楽しそうに恐ろしいことを言う。
しかし智哉もまったくそれを意に介さず言い返した。
「二、三日後な。」
智哉の台詞に、倉庫内にいた全員が、不気味な笑い声をあげた。