襲撃 P9



朝が来た。

結局、あまり眠れなかった。
杉野は目を開けた先に良平がいないことにため息をつき、のそのそとベッドから起き上がった。
あんなに心配して待っていた良平は深夜にひどい声で電話をしてきて、今日はごめんまた今度、それだけ言って早々と切られてしまった。
おまけに、携帯は使えないから絶対にかけ直すなと。

寝ずに待っていて、たった数秒の会話だけしかできなかった。
気のせいかもしれないが、良平は、どこか落ち込んでいるように感じた。
…何かあるに違いない。
せめて今いる場所について聞きたかったのに、それを口にする前に切られてしまった。
俺の力は必要ないってことか…?


「良平。お前、今日は一日ここにいろよ。俺は授業あるし、大学に行くけどさ。」
朝起きて早々、瑞樹が言った。
「それとも家に帰るか?その方が落ち着くかも…。」
瑞樹は相当気を使っているらしい。
それが良平にも痛いほどわかったので、申し訳なくなった。

「わりぃ。俺は平気だからさ。」
「何言ってんだよ、強がんな。」
瑞樹はパジャマを着替えながら良平の方を振り向き、睨むように強い口調で言った。
「赤城智哉だっけ?ちょっと気になるから、昔の連中にも連絡とってみるよ。」
「え?」
「向こうがお前を知ってたってことは、こっちだって何人かは名前くらい耳にしたことある奴いるんじゃねぇかな。」
「そうかな…?」
「まだ連絡取れる奴何人かいるから。任せろ。」
瑞樹は良平を安心させるように大きく頷いて、ジーンズのベルトをパチンとしめた。

赤城智哉。
ひどいことしやがって。それなりの報復はしてやる。

良平以上に瑞樹は怒りを燃やした。
そんな彼に元気付けられて、良平もやっと少しだけ微笑んだ。


その日、何も知らないトーコは、瑞樹と一緒に回って買ったキャミソールを着て女子大学の講義室に座っていた。
「トーコ、ノート貸して!」
「また?も〜。」
半期の授業の半分も出ていない友人が講義室の扉を開けるなり、トーコに向かって手を振った。
バッグの中からノートを取り出すトーコの様子を眺めながら、その友人はそっとトーコに耳打ちした。
「あんた、なんかヤバいことした?」
「ヤバイ?」
「うん。なんか見るからに危なそうな人たちが、校門の前にいてさ。どうもトーコのこと話してるっぽかったから。」
「えっ?やだ…。」
「心当たりある?」
「ないない、ない。」
都代子は嫌そうに顔を歪めて大きく首を左右に振った。
それからふと、瑞樹と関係があるのかもしれないと思った。
よくは知らないが、中学生の頃の瑞樹は割りとワルだったらしく、時々その連中とも連絡を取っているという話をしていた気がする。

「今日、授業は?」
「まだあるけど…一回駅前の銀行に寄ろうと思ってて。」
「危ないよ、お金なら貸してあげる。」
「ううん、振込み。ありがとう。」
「そうなんだ…。じゃあ、正門は避けたほうがいいよ。裏から行きなよ。」
「わかった、そうする。」

トーコは頷いたものの、少しその人たちの様子を見てみようと思った。
見かけで判断するものではないが、瑞樹の友人かそうでないかは、読み取れるかもしれない。
まさか危ないことに足を突っ込んでなきゃいいけど…。

トーコは素早く荷物をまとめて、バッグを持って講義室の外へ出た。外へ通じる階段を降りて、講義棟の陰になるような場所に身を寄せる。
この日の空模様は、今にも雨を降らせそうな雲が空一面を覆っている。なんとも憂鬱な天気だった。

そっと顔を出して正門の方を伺ったトーコは、確かに見るからに警察の敵のような男たちを見て取った。
年下かな?
トーコはその中に、いるはずのない見知った顔を見つけた。
水口明人。
もしかして、あの不良たちに利用されてここまでやってきたのかな?
…そうだとしたら。
トーコは持っていたバッグを強く握り、講義棟の影から躍り出た。

「明人!」
トーコは明人の名を呼んだ。
彼がそれに振り向いて、嬉しそうな笑顔をトーコに向けた。
それは誰かに脅されているとかそういう恐怖に歪んではいなくて。
少しトーコは違和感を覚えた。

「都代子!また会えて嬉しいよ。」
「明人、何やってるの?こんなところで。ここは女子大よ。」
「うん、だから入れなくて困ってたんだ。どうしても都代子に会いたくて。」
明人の笑顔は不気味なほど美しい。
トーコは感じる違和感がなんなのかわからなかったが、とりあえずほっと胸を撫で下ろした。
「いつでも会えるわよ。明人が行方をくらまさなければね。」
「はは。そうだね。」
明人が声を上げて笑うと、後ろにいた強面の男たちが明人を肘で押した。
それを受けて、明人が手で頭の後ろをかきながら言った。

「あのさ…トーコって、好きな人いたっけ。」
「…ええ、いるわよ。」
「名前なんて言った?」
「…瑞樹くん。」
トーコの違和感は次第に大きくなっていく。
何故だかわからないが悪い予感がするのだ。
瑞樹は何か面倒なことに巻き込まれているに違いない。
「瑞樹くん。それって、岡田瑞樹くん?」
「そう、だけど…それが何?瑞樹に何の用?」
「いや…中学の頃有名だったよね。友達が会いたがっててさ〜。彼の家の場所とか電話番号とか、教えてもらえない?」

明人はキレイすぎる笑顔のまま、目を細めて言った。
不審そうに身を引いていたトーコが、きゅっと表情を引き締めて背筋を伸ばした。
「…悪いけど、そういうのは誰であろうと教えるなって瑞樹に言われてるの。中学の頃の友達にはロクなのがいなかったみたいで。」
「えっ、そうなの?悪い噂は聞かなかったけどなぁ。」
「ごめんね、明人。」
「都代子…絶対だめ?電話番号も?」
「ええ、これだけは言えないわ。」
「じゃあさ、彼の友人の…佐久間くん?彼の自宅は?」

これはいよいよおかしい。
トーコは一歩後ずさり、正門の敷地に近付いた。
この場所は門のところにいる守衛さんからも見えているはずだから、いざとなれば敷地内に逃げ込もう。
明人はともかく、その後ろにいる男たちの目付きが恐怖心を煽る。

「彼も同様よ。わかったらもうここには来ないで。」
「都代子。どうしたの、怖い顔をして。」
「…明人、貴方はどこか変わったわ。どこかわからないけど…。でも、人の彼氏のことをいちいち嗅ぎまわるような人じゃなかった。」
「都代子。それは…」
「ごめん、明人。私授業もあるし。じゃあね。」

トーコは銀行へ行くのを諦め、足早に大学敷地内に戻っていった。


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