襲撃 P10



明人はトーコの背中を目で追いながら、見せていた笑顔を消し、ちっと舌打ちをした。
「だめじゃん、明人。逃げられてやんの。」
座って様子を見ていた一人が言う。
「ああ。でもこれで名前は確かめられたな。昨日会った男が、岡田瑞樹だったんだ。」
「それだけわかってもなぁー。」

校門前でたまっていた明人たちの方を守衛らがチラチラと気にし始めたので、明人たちは一旦その場から離れた。
「どうする?」
「さぁな…でもあいつらの場所を知っているのは何もトーコだけじゃない。あいつらの昔の仲間も、絞れば吐くんじゃねぇかな。」
「じゃ、そうしますか。そっちなら慣れてるしな。女子大の空気は清らかすぎるわ。」
一人が言ったジョークに、仲間たちは怪しげな笑みを浮かべた。


その日、良平の双子の弟・佐久間聡平は曇り空の下、通っている大学のグラウンドで走り回っていた。
雨が続き、久しぶりに練習できそうだったので、サッカー部員と共にぬかるむ地面にも構わずボールを追いかける。
部員を紅白の二つに分けて練習試合をしていた。
聡平がボールを持つと、マネージャーらが黄色い声援を送る。

明人たちはその場へやってきた。
良平や瑞樹の情報を集めているうちに、何をどう聞いたのか。
どろんこになって走り回る聡平を見て、何やらヒソヒソと小さな声で会話している。

ピーっと長い笛が三回鳴って、試合終了を告げた。
赤ゼッケンをつけていた聡平は、仲間の元に走っていって飛び上がって抱き合った。
「よっしゃ〜〜!焼肉〜!!」
反対に白いゼッケンをつけた部員たちは次々とその場に膝を着いた。
どうやら勝敗に今晩の焼肉がかかっていたらしい。

「十分休憩。その後ミーティングやるからもう一度集まって。」
キャプテンが言ったのを機に、泥だらけの部員たちはわらわらとグラウンドの外にある流し場まで殺到した。
仲間たちと今の試合について話し合いながら歩く聡平を目で追って、明人の仲間が一人、前へ出た。


「佐久間くん。」
呼びかけられて、聡平がぱっと顔を上げた。
部員たちも同時に振り向いて、見るからに場違いな人相を見てうっと後ずさった。
「ちょっと話があるんだけど。いいかな。」
「…手短にお願いしますよ。休憩時間短いんです。」
聡平は不審そうにそれでも軽く頭を下げて、仲間に合図をして男と共に明人らの元へ歩いていった。
背後で部員たちが目配せを交し合いながら囁きあっている。

「なんですか?っていうか貴方たち、誰ですか。」
聡平は怪訝そうに明人たち一人ひとりを見渡して、眉をひそめた。
良平ってば、また何かやらかしたのかな。

明人たちは聡平の丁寧な態度に違和感を覚えつつ、聞いてみた。
「昨日の今日で覚えてねぇの?つれないなぁ〜。」
「昨日?どこかで会いましたっけ?」
「ほら、夜中、コンビニで会っただろ!」
イラついた様子でけしかけた男を一瞥して、聡平はああ、と一人で頷いた。

「それ誰かさんと勘違いしてません?俺はコンビニでバイトなんてしてないっす。」
「とぼける気か。お前、佐久間良平だろ?」
「佐久間、聡平です。そ・う・へ・い。」
「…は?」
「良平の弟です。」
聡平は自分が勘違いされているとわかると、腰に手を当てて顔を傾けて少し面倒くさそうに答えた。
良平に間違えられるのは慣れている。
今にそっくりじゃないか嘘をつくな、と言ってくる…

「くだらねぇ嘘をつくな!兄弟にしても似すぎだ!お前は佐久間良平だろう!!」
…ホラ。
「嘘じゃねぇし。なんならあいつらに聞いてくださいよ。」
聡平は流し場からこちらを伺っている部員たちを親指で指した。
彼らは二十人くらいの集団になって、明人たちを不審そうに眺めている。
「…面倒だ。どちらにせよ、こいつでもいいんじゃないか。顔が同じだし。」
明人が組んでいた腕を解いて、聡平の腕を掴もうとした。
背筋に悪寒を覚え、聡平は一歩引いて明人の手から逃げた。
それを合図に明人の仲間らが同時に聡平おそいかかる。

「うわ!」
「怪我したくなきゃ大人しくしな!」
「やめ…何するんだ!」
聡平は自分を捕まえようとする何本もの手から逃れるために後ろ足で逃げ出した。
部員たちが異変に気付き、わぁっと近付いてくる。
泥んこの体育会集団に巻き込まれては明人たちもどうしようもできないのでそれまでに聡平を背後に止めてあった車に連れ込みたかった。

すると、どこから飛んできたのか、サッカーボールが聡平の腕を掴んだ男の顔面に、ミラクルヒットした。

バコン!

「でっ?!」

男が仰け反って、急に手を離された反動で聡平もその場にしりもちをついた。
「聡平くんに何すんのよ!!警察呼ぶわよ!!」
「帰りなさいよブサ男!!」
「聡平くん、早く逃げてっ!!」
マネージャーらがグラウンドの中からキーキーとわめいている。
両手にはサッカーボールを持っていて、次々に明人たちの方向へ投げつける。

しかし明人たちも馬鹿ではないから、来るとわかっていれば女の投げるボールなどキャッチできてしまう。
きーっと悔しがっているマネージャーらに、呆然と事態を見守っていた集団の中から一人が手を挙げた。
「マネージャー!パス!」
「俺も!」

サッカー部員は全員、その意図を察した。
我も我もと前へ出て、マネージャーからのボールを待つ。
聡平は事態を察して、手をついて起き上がり、グラウンドに向けて走り出した。
わかっていないのは明人たちだけ。

「待て、佐久間!!」

聡平を追いかけて走り出した一人に、部員の放ったシュートがクリーンヒット。
彼は体を折って倒れこんだ。
「どんどん打て〜!やっつけろ!!」
「人に当てるって意外と楽しいかも。」
部員たちは案外と楽しそうに、一斉に明人たちに向かって強力なキックでボールを飛ばし始めた。
それ用に鍛えているわけではない明人たちはたまったものではなかった。
「うわ…ヤバイ!逃げろ!!」
我ながら情けない声を放ちつつ、明人たちはボールから逃げるように走り出した。

聡平はグラウンドに入ってからやっと振り返り、彼らの後姿を見やった。
…良平、また喧嘩でも始めたのかな…?

部員らとマネージャーは、悪者を撃退した正義の味方の如く、手を取り合って万歳コールを繰り返していた。


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