監禁 P2



杉野は誤魔化すように手を握ったり開いたりして、言った。
「そんなことないよ。ちょっと疲れてるんだ。」
「…そやな。疲れてるって感じや。」
野田が静かに頷く。

よかった。
案外あっさりと野田が引いてくれた感じがしたので、杉野は無意識にほっと息をついた。
しかし隣で野田はじっと杉野を見つめるのをやめない。

「佐久間くんと、また喧嘩でもしたんか。」
「えっ?まさか。喧嘩なんてしてないよ。」
「嘘つくな。」
「本当だって。喧嘩じゃない…」
「じゃ、何?」

何、と言われると困ってしまう。
一方的に連絡を閉ざされたのは確かだが、その原因となることはさっぱり心当たりがない。
予想では、何か面倒なことに巻き込まれて、良平が気を遣っているのだろうと思う。それがわかっているだけに彼の身に何かあるかもしれないことが、杉野の心をひどく不安にさせる。

杉野は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
隣で野田が、ふう、と溜息をつく。

「お前は俺と会う時いつも、何かと佐久間くんのことで悩んでるんやな。」
「…そう、かな。」
「まぁたまたまなんやろうが。…妬けるで。」
「ごめん。」
「ごめん、ちゃうわ。」

野田は頭に乗せていたバスタオルを、バサっと杉野の頭に被せた。
「わっ?!」
突然視界を奪われた杉野は、慌ててそれをどかそうとした。
次に感じる、シャンプーの匂い。

目の前にいるのは、野田和彦なのに。
普段良平が泊まっていったときにも香る、同じシャンプーの匂いが杉野の動きを止めた。

良 平 …

野田はバスタオルを両側から押さえたまま、杉野の体に馬乗りになった。
目隠しをしたまま、顔を近づける。
あと数ミリで唇が触れる、というところまで来て、囁いた。

「拓巳。そんな、お前のことを悩ませてばかりいる男なんか放っとき。なんだかお前がかわいそうや。」
「の…。」
「好きやで、拓巳。愛してる。」

野田にしては珍しく消極的な声で言い、彼は目を閉じて杉野の唇を自分のそれで塞いだ。
あの時再会し、一瞬だけ触れた感触と少しも変わらぬ、懐かしい味。
野田はその小さな体で杉野の上に跨り、バスタオルを押さえたまましばらくの間キスを続けた。
杉野も嫌がる素振りは見せなかった。

「…は…っ。」

どちらともつかない吐息がもれる。
部屋の中にある時計の秒針が、コチ、コチ、コチ、とやけにハッキリと聞こえる。

杉野はやがて、野田の体を抱きかかえてベッドの上に押し倒した。
キスを続けながら、下になった野田が杉野のシャツに手をかける。
ボタンを外し、見え始めた筋肉のある肩に指を這わせた。

杉野も負けじと野田のパジャマに背中から手を入れて、その小さな体を貪るように抱きしめた。
「…あぁ…っ」
吐息に混ざって野田の嬌声が耳をついた。
本能に任せて野田を押さえつけ、下半身に手を伸ばし……


はっとして、杉野は野田から体を離した。
頭の上から目を塞いでいたバスタオルが、ハラリと野田の体の上に落ちる。
野田は乱れた髪や服を直そうともせず、ベッドの上に寝転んだまま起き上がった杉野を見つめていた。

ポタリ、と野田の腕に一粒、透明の水が零れ落ちた。
杉野は手の甲を口元に当て、眉間に皺を寄せて涙をポロポロと流していた。

「…拓巳。」
「ごめ…っ。ごめん。」
「ええよ…誘ったのは俺やし。お前は悪くない。」
「違…っごめん。俺、バカだ…っ。」
杉野は涙を止めようと手で顔を覆ったが、こみ上げてくるものは容易には止まってくれない。
杉野は咄嗟に顔をそむけ、野田に背を向けた。

良平を失ったかもしれない不安が、心を破りそうなほど襲い掛かってくる。不安なばかりに、野田の甘い誘いにすら簡単に応えそうになった自分が情けなさすぎる。

もう、笑顔も何もいらない。
ただ、そばにいて……


野田は肌蹴たパジャマを引っ張って整え、杉野の肩に手を伸ばした。
震えている杉野の肩へ触れようとして、一瞬ためらう。
少し考えて、小さく嘆息し、思い切ってその肩に手を置いた。

「拓巳。大丈夫やで。」
「…っ」
「大丈夫や。お前は悪くない。絶対に。」
野田は杉野の背中をゆっくりとさすりながら、耳元で何度も囁いた。

大丈夫、大丈夫。
絶対に、何があっても、お前は悪くない。


その晩野田は一言も、杉野が泣き出した理由を聞いたりはしなかった。


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