監禁 P3
次の日の朝。
喜多祐也は、親友の牧村都代子の電話で目を覚ました。
早朝の六時だ。
祐也は布団の中から腕だけを伸ばして、枕元にある携帯電話を取った。
「ん…もしもし…」
『…祐也。祐也っ!』
トーコの声がやたらと遠くに聞こえる。
電波がわるいのかと思い、祐也は眠い体を無理矢理起こして窓の方に近付いた。
「うん…何?トーコ?」
『そう。今すぐ起きて。早く、来て…っ!』
「何…?」
祐也はトーコの声からただ事ではないことを悟ったが、思ったように目は開いてくれない。
カーテンを開けてまだ少ない太陽の光を受けて、薄目を開ける。
「どこに行くって…?」
『病院!瑞樹…瑞樹が…っ死んじゃう!!』
「…え?!」
さすがに今の台詞に祐也は眠たい頭を殴られたような衝撃を覚えた。
瑞樹が死んじゃう?
どういうことだ?
「待って…着替えたらすぐ行く。もう少し待って。」
祐也はとりあえずトーコを説得するような落ち着いた声で言い、素早く携帯を投げ出した。
祐也は自転車に跨って、バス停まで急いだ。
こういう時に原チャでも乗れればどんなに楽だろうと思う。しかし祐也は原チャはおろか免許をも持っていなかった。
もどかしい気持ちで一時間ほどかけて救急病院に駆けつけると、一階のロビーでトーコが母親らしき女の人に寄りかかって蹲っていた。
顔が真っ青だ。
「トーコ!どうしたの?」
祐也は走ってトーコに近付いた。
母親に会釈をすると、それと同時にトーコが顔を上げて裕也を見た。
「瑞樹が死んじゃうって?どういうこと?!」
「ゆーや…っ!!」
トーコは祐也の顔を見るなり、泣き明かした頬を再び涙で染めて、それほど身長の違わない祐也の体に抱きついた。
祐也は少し顔を赤らめながらその体を抱きとめて、困ったように隣の女性を見た。
「都代子の母です。岡田くんは、命に別状はないということですよ。」
彼女は安心させるように微笑んで、そっと席を外した。
トーコはしばらく祐也の肩を涙で濡らし、泣きじゃくった。
どうやらこれは、安心の涙らしい。
祐也は一気に緊張が解けたような気がして、トーコの体を支えるのにしばらく必死にならねばならなかった。
落ち着いたトーコは、ポツポツと、事の成り行きを話し始めた。
と言っても、トーコの知っていることは少ない。
前日に訪ねてきた明人と、瑞樹の負傷にどのような関係があるのかはまだわからない。ただタイミング的に、無関係ではなさそうだという予想ができるだけであった。
岡田瑞樹は昨夜遅く、人のいない倉庫のような場所で傷だらけで倒れているのを救急隊員に保護された。
通報した男がいるらしいのだが、その人の姿は見当たらなかった。
怪我がひどかったので一旦治療に専念し、その場に落ちていた携帯電話で数人に連絡を取ってくれたようだ。
トーコは病院に向かう途中に、瑞樹の留守番電話を聞いていたこともあり、急いで祐也に連絡し、今こうしてロビーに座っているということだった。
傷だらけの瑞樹の姿はとても一人では見に行くことができず、祐也を待っていたらしい。
瑞樹は全治一ヶ月の怪我で、病室には家族がいるとのこと。
祐也はトーコの手を取って、階段を登った。
「怖い…。怖いよ、祐也。」
「大丈夫だよ。瑞樹は死なない。そういえば良平は?」
「連絡つかないのよ…聡平くんにもかけたんだけど。」
「聡平くんはなんて?」
「明るくなったら来るって。何か知ってるのかもしれないけど…。」
「そう。」
杉野先輩は何か知ってるかな。
祐也は、聡平が到着したらトーコを彼に預けて、杉野の元へ行ってみようと思った。
瑞樹は全身いたるところを包帯で巻かれていたが、案外と静かに眠っていた。
病室には優しそうではあるが気落ちしてオロオロとしている母と、大工のような作業着を着て日に焼けた父の二人がいて、祐也とトーコを見るなり静かに部屋を出て行った。
祐也の腕を強く握っていたトーコは、瑞樹のそばに行き、祐也から手を放してその場に泣き崩れた。
ベッドのシーツに顔を埋めて、よかった、と何度も呟く。
絶対に大丈夫であると信じていた祐也も、少しだけ涙ぐんだ。
一方。
聡平は、明け方、トーコが電話をよこす一時間程前に、うなされていたところを兄の恭平に起こされた。
はっと目を開けると知らない天井が目に入り、ここが父の会社の仮眠室の一つであることを一瞬のうちに思い出す。
恭平は心配そうに聡平の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?だいぶうなされていたけど。ハイ、これタオル。汗を拭いて。」
恭平は聡平に持っていたハンドタオルを手渡すと、掛け布団をよけて立ち上がった。
窓まで歩き、鍵を開けた。
外の涼しい空気が入ってきて、幾分か気分が軽くなる。
恭平は戻ってきて、俯いて汗を拭いていた聡平を見た。
横で明美が小さく呻いて寝返りを打ったので、恭平は一旦聡平から目を離して明美の体をポンポンと叩いてあやした。
「…兄貴。」
「ん?」
恭平が振り向く。
きっと兄は、良平について聞きたいことがあるのだろう。
元来が心配性だから。
「…良平のことだけど。俺は本当に、詳しいことは知らないんだ。」
「…うん。」
「昨日はあいつがここに泊まれっていうから兄貴たちも連れてきたけど、今日以降はどうしたらいいのか、てんでわからない…。」
「心配するなよ。良平が危ないと言ったんだから、俺たちはここにいればいいんだよ。そうすればあいつは自由に動けるってことだ。」
「でも。あいつ、何をしでかすか…。」
悪い予感がするのだ。
背筋がゾクゾクして、よくわからないが、この場から逃げ出したいような衝動に駆られる。
逃げ出して、どこへ行く?
少なくとも聡平自身、何から逃げたいのかすらわからなかった。
「聡。お前、具合悪そう。熱があるんじゃないか。」
「ううん、大丈夫。俺…きっと、俺じゃないんだ。」
「え?」
「気分が悪いのは、俺じゃない。良なんだよ、きっと。」
聡平は持っていたタオルに顔を埋めた。
気持ち悪い。吐き気がしそうだ。
恭平は苦しそうな弟を気遣って、そっと優しく肩に手をおいた。