監禁 P8
「…きっ!みずきっ!!」
何度もしつこく呼ばれたような気がして、瑞樹はうっすらと目を開けた。
「…トーコ…?」
自分を呼ぶ声が牧村都代子であるような気がして、ぼんやりと名前を呼ぶ。
すると目の前に予想通りの、涙で頬を濡らしたトーコの顔が寄せられた。
「あぁ…っ瑞樹!よかった…よかった〜!」
トーコはそのまま瑞樹の肩に顔を埋めて泣き出した。
咄嗟に事態が把握できない。瑞樹はトーコに触れようと腕を動かし、予想外の激痛に顔をしかめて息を止めた。
「…っ?!」
「瑞樹、無理しないで。昨日のことは覚えてる?」
トーコの隣から、落ち着いた物腰の祐也の声が聞こえてきた。
目だけをそちらに向けると、彼は心配そうに瑞樹のことを見ていた。
その隣に聡平が立っている。
「…祐也…それに聡平か。良平は…?」
瑞樹の言葉に、聡平は静かに首を横に振った。
連絡はおろか、どこへ行ったのかもわからない。
すでに時間は昼を回っており、遅れてきた聡平が来てから二時間も過ぎていた。
瑞樹は痛む腕を押さえて、上体を起こそうとした。
トーコと祐也が慌ててそれを抑えようとする。
「瑞樹!無理しないで!」
「そうだよ。今は薬がきいてるかもしれないけど、瑞樹の怪我は決して軽いものじゃないみたいだよ。」
「…っでも、良平が…っ。」
瑞樹は悔しそうに言って、少し気後れして佇んでいた聡平のことを見上げた。
「何か知ってるんだね、瑞樹。」
「…知ってるよ。」
「わかった…。まず、医者を呼んでくるよ。大人しくしてろ。」
聡平はわざと押し殺しているかのような低い声で言って、静かに病室を出て行った。
よく考えてみれば、良平がいなくなって一番つらいのは自分ではない、と瑞樹は思った。
聡平は平然を装っていたが、顔色は悪かったような気がする。
…そして、杉野先輩は。
今どうしているだろう…。
「…トーコ、瑞樹、俺ちょっとでかけてくる。」
おもむろに祐也が切り出した。
瑞樹とトーコが同時に顔を上げて祐也を見る。
「杉野先輩のところに。さっき連絡を取ろうと思って勤め先の方に電話をかけたんだけど、今日休んでるっていうんだ。何かあったら怖いから、様子を見てくるよ。」
「休んでる?杉野先輩が?…だって、あの人には何も…。」
「言ってないって?良平のことは何だって気付いちゃうような人だよ、杉野先輩は。無茶はしないと思うけど心配なんだ。」
「…。」
「ここに連れてくるよ。だから、今から聡平くんにしてあげる話を先輩にもしてやってほしいんだ。頼むよ。」
「…わかった。」
瑞樹が頷いてくれたことに安心し、祐也は頭を傾けて微笑んだ。
それから荷物を持って、病室から出て行く。
聡平と白衣を着た医者が看護婦と共に入ってきたのはそれと入れ違いであった。
祐也は病院からバスと電車を乗り継いで、杉野の暮らすアパートまで辿り着いた。
杉野には恋愛や考え方などでとても世話になっていた祐也は、良平と瑞樹と一緒に何度か彼の家に遊びに行ったことがあるのだ。
階段を登り、杉野拓巳の表札を確かめる。
思い切ってベルを鳴らすと、中から人の足音が聞こえた。
「は〜い。」
え?
祐也は明るく高めの声音に、一瞬部屋を間違えたかと思った。
今のは杉野拓巳のよく知る声ではない。
ガチャッと扉が開かれて、中から覗いたのは身長低めの自分と同じくらいか少し小さい、童顔の男だった。
くりっとした目できょとんとして、祐也のことを若干上目遣いで見つめている。
「どなた様?」
「あ、あの、ここは杉野さんのお宅では…。」
「そやで。でも本人は今買い物中。君は?」
「俺は喜多祐也といって…杉野先輩の後輩です。」
祐也は不審そうに眉を寄せて、この誰だかわからない関西弁の小柄な男を上から下まで観察した。
「いややな〜!そんなジロジロ見んといてぇな恥ずかしい。何、拓巳に何か用?なんなら聞いておくけど。」
ケラケラと笑って男が言う。
しかし祐也は“拓巳”という呼び方を聞き逃さなかった。
外見からは年下にしか見えないけれど、親しい間柄なのだろうか。
「あの…先輩はいつ頃お戻りになられますか?」
「さぁな。もう少しとちゃうかなぁ〜?何せ俺はこの辺の地理はサッパリわからんから、どこまで買い物に行ったのか見当もつかん。」
「そうですか。…では、また来ます。」
「ほい。なんなら中で待つ?」
「えっ?」
「俺は構わんで。もちろんタダで待ってもらおうとは思わへんし…」
彼の瞳が祐也を誘うように輝いた。
祐也は元来が消極的な性格なので、この手の種類の人間は苦手だ。
一瞬身震いを覚え、慌てて首を左右に振る。
「い、いえ。結構です!また来ます!!」
「そ〜お?もったいなーい。」
物足りなそうに人差し指を顎に当て、野田は唇を尖らせた。
そこへ、買い物袋を片手に持った杉野が、お尻のポケットに手を突っ込んで階段を登ってきた。
祐也が気付く前に野田が声を上げる。
「たっくみ〜!お帰りっ!」
「うん、ただいま。」
「待ちくたびれたで〜。お腹も減ったし。」
「はいはい。…あ、祐也。お前、どうしたの?」
二人の会話を一歩下がって聞いていた祐也に気付き、杉野が不思議そうに祐也を見た。
祐也の方も二人の関係がよくわからないので不思議そうな顔をしていたため、杉野は一つ咳払いをしてお互いの紹介を始めた。
「祐也、こいつは野田和彦って言って、俺の中学の時の同級生。」
「タダの同級生やないけどなぁ。」
ニヤリと意味ありげに微笑んで、野田は杉野の荷物を奪い取り、一足早く家の中へ引っ込んでしまった。
後に残った杉野は、一旦扉を閉めて、声を小さくして囁いた。
「ごめんな、あいつ今遊びに来てて。調子いいんだ。それよりどうした?何か話があるんだろう?」
「…はい。今から、中央病院に一緒に来てくれませんか。」