抱擁 P4



「それで?」
「赤城たちの指定した場所へ行くと、野村が縛られてて、あいつを逃がした途端に俺は四人ぐらいの男に囲まれた。」
「ああ。…で?」

瑞樹は一瞬言葉を止めてトーコの顔をちらりと見て、すぐに視線を元に戻した。
「そこで、一人はやっつけたんだけど…そいつに気を取られてる間に後ろからガツーンと…。」
「そいつが赤城智哉?」
「ああ。見たことねえツラだったけど、力はすげぇ強そうだった。その前の奴とは違って実力もありそうだったし。」
「その前の奴?」
「あ、うん。やっつけた奴。俺一人でもヨユーだった。」
「ふーん。そいつに見覚えは?」

杉野が前方からルームミラーに目をやった。
瑞樹は視線を合わせ、逃げるように視線を下げた。
もう一度トーコを盗み見て、杉野の顔を肩越しに見やった。

「ありませ…」
「ちょっと。待ちなさいよ瑞樹!!」
瑞樹がギクっと肩をすくめて制止をかけたトーコの方へ顔を向けた。
その顔をじとっと睨んで、トーコが言う。
「さっきからチラチラ私の顔見ちゃってさ!何か隠してることあるんでしょ!」
「ねぇよ、バカ。早とちりすんな。」
「いーえ!騙されないわよ。瑞樹が何か隠し事をしてる時はいっつもそういう顔してるのよ!気付いてないのは本人ばかりなり、なんだからねっ!」
トーコは声を張り上げて瑞樹のわき腹を肘で突いた。
普段はそんなことでは表情も変えない瑞樹だが、さすがに怪我人であったため、うっと顔をしかめて悶絶した。

「トーコ、落ち着いて。」
「祐也も怪しいと思わないの?良平がかわいそうだわ!!瑞樹は何かを知っているのに、自分だけで隠して助けに行こうとしてないってことになるわ!」
「そうだけど、でも…」
「でももヘチマもないわよ。そうでしょ、杉野先輩っ!」
鼻息荒くトーコが杉野の肩を叩いてわめいた。
杉野は軽く苦笑して、目の前の信号が黄色に変わったためにブレーキを踏んだ。
交差点の手前で車が止まり、杉野はルームミラー越しに瑞樹と目を合わせた。

杉野の真剣な表情を見て観念したのか、瑞樹は溜息をついて口を開いた。
「わかったよ…本当は、また俺一人で行こうと思ってたんだ。」
「みっ、瑞樹っ。」
「だってお前らついてきたってなんもできねぇじゃんか?ハッキリ言って足手まといはいないほうがいい。」
瑞樹の語調にある種の信念のようなものを感じて、トーコと祐也は黙り込んだ。
正論だ、それは。

「どこへ行こうと思ってたって?」
杉野が話を元に戻す。
目の前の信号は赤から青へと変わり、足をブレーキからアクセルへと踏み直した。

瑞樹はもう一度だけトーコの方へ視線を投げた。
何も知らないトーコはその瞳を見つめ返して、ぐっと口を噤んだ。
瑞樹がこういう表情の時は、決心したことは決して揺るがない。
「…水口明人。こいつは赤城智哉の仲間だ。」
「えっ…。」
「お前の知り合いの、あの男だよ。おれがコテンパンにのしてやったのはそいつだ。」

瑞樹はその後に、できればトーコには知られたくなかったのだと言った。
昔の思い出は誰しも清いままがいい。
知らなくてもいいことでトーコが傷つくことはないのだと思っていた。
しかも彼女の幼馴染を恋人の自分が殴り飛ばしたとなると、瑞樹自身もどこか居心地が悪かった。

怒鳴り散らしていたトーコもさすがに受けたショックは大きかったのか、俯いたまま黙り込んでしまった。
そういえば、大学に瑞樹の居所を聞きに来た明人。
本当の目的は瑞樹ではなく、良平のほうだったんだ……。

杉野は車を止めた。
喫茶店の駐車場に乗り上げて、バックもせずにそのまま突っ込む。

「…そいつの家は、わかってるってことか?」
「はい。俺がやられた倉庫みたいなとこからそう変わらないところに、安い賃貸マンションがあります。そこに一人で住んでいるはずです。」
「ふむ。」
「俺の勘では赤城智哉の家もそう遠くないはず…。良平が初めてあいつの家から逃げ出して来た時に迎えにいった公衆電話のある場所が、地図で見るとあの倉庫とそう遠くないんだ。」
「じゃあそこで決まりじゃないか!どうして早く言わないんだよ…!」
たまらず祐也が意見を述べた。
大人しい彼が珍しく語気を強めている。

「ごめん。俺が動けないうちにお前らに妙なことされても困るし…。第一、先輩。それを知ったら一人でも探し始めたでしょう?」
ハンドルを握って固まったまま前を見つめていた杉野が、肩越しにちらりと振り向いた。
その表情は怒りと戸惑いが混ざったような複雑な表情。

早く言ってほしかった。
…だが、瑞樹の言うことは正論だ。
俺が一人で探しに言ったところで、あいつらに見つかってしまえば袋叩きにあうだけだろう。
瑞樹で抵抗しきれなかったのだから、自分が万に一つ逃げ出せる可能性は少ない。

「だから、せめて俺が退院してから先輩だけに伝えるつもりだった。探すのは俺一人で十分だけど、先輩には知っておいてもらいたいからさ。」

「一人でって!そんな怪我でどうするつもり?!もう瑞樹が危ない目に逢うのは嫌だよ!」
トーコが叫ぶ。服の下は包帯で巻かれている瑞樹の腕にしがみ付いて、額を押し付けて顔を埋めた。
瑞樹は反対の手でトーコの頭を撫でた。
「でも…俺が行かなきゃ。警察はきっとアテにならない。あいつは警察のお偉いさんの息子だからな。」
瑞樹の言葉に。

突然杉野が体ごとひねって後ろへ振り向いた。
「それだっ!!」
「え?」
きょとんとする瑞樹。
トーコも祐也もわからないといった風に杉野の顔を見上げている。
「それだよ、瑞樹!赤城の実家なら、きっとわかるぞ!」
「え?なんで?」
「いいから!ちょっと、お前んち帰る前に寄るとこがある。いいか?!」
「それは構いませんよ。どうせ大人しく家に帰るつもりはありませんでしたから。」
瑞樹は大きく頷いた。


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