抱擁 P5
「なぁ…知ってたか?良平んちは、結構な金持ちなんだぜ。あいつはまったくそんなことねぇけどさ。家はでかいの。知ってたか?」
「知ってるわよ。」
「今更じゃない?何度も遊びに行ってるじゃないか。」
「でもさこれは知ってたか?まさか、その恋人の杉野先輩も、すっげー金持ちなんだってことをさ。」
「正確にはおじい様のお宅でしょう、ここ。今知ったわ。」
「俺も。」
「なぁ…。」
「何よ。」
「どうしたの?」
「…驚いてもいいか?叫びまくってもいい?」
瑞樹は天井を見上げたまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「やめてよ、みっともないから。」
冷静を装っているトーコも、目を丸くして天井を見上げている。
「俺、トイレ行きたくなってきた…。」
祐也ですら口をあんぐりと開けたまま、くるりと頭を回転させて、この、やたら高いロビーの天井を見渡していた。
…何も見間違いではない。
天井に絵が描いてあるわけでも、アレが売り物であるわけでもないだろう。
洋風な物々しい雰囲気に包まれたこの館に吊るされていたのは、紛れもなくシャンデリア。
…大きな門の手前には、ハッキリと大きな文字でこう書いてあった。
杉野
奥へ通じる大きな扉が両側から開かれて、当の杉野拓巳がひょうひょうと現れた。
こんな立派な洋館から出てくるのだからタキシードにでも着替えてそうな勢いであったが、杉野自身はタンクトップの重ね着にジーンズといういつもの格好で、一枚の紙切れを持って戻ってきた。
「ごめんごめん、待たせたな。」
「せっ、先輩!なんすか、ココ!」
「え?だから言ったじゃん、じいちゃんち。離婚した父さんの父親だよ。」
「や、そうじゃなくて、この重々しい感じはなんなのかと……」
ドアの向こうにはスーツを着た男が両側に立っていて、杉野が出てきた扉を厳かに閉めていった。
「ああ、じいちゃん西洋好きなの。金かかってるだろ、この家。」
「………。いや、そういう問題ですか?」
「でっかい遺産があったんだろうよ。昔からこの辺の地主だし。じいちゃんはもう政治家引退してるし、今はただの趣味に走ってる普通の人さ。」
普通の人がこんな大きな館を立てられたら、誰も苦労しないだろう。
瑞樹たちは杉野との“普通”の定義の差に眩暈を覚えた。
「そんなことより、赤城の住所だ。思っていたところよりも離れてるから、あいつ一人暮らしでもしてるのかな?」
「え?」
「俺がわかったのは赤城の実家の住所だけだ。じいちゃんの力を借りて、ちょっと聞き出してみた。」
「……マジっすか。ちょっと見せてください。」
瑞樹は途端に顔色を変えて、杉野の手から紙切れを取った。
そこに書かれた住所に目を通して、首を傾げる。
「確かに。あの近くじゃない。隣の市ですね。」
「ああ。とにかくそっちへ行ってみよう。親に聞けば住所くらい教えてくれるかもしれない。」
「そうしましょう。祐也、聡平に電話かけて。」
「わかった。」
裕也はすぐに頷いてポケットから携帯電話を取り出した。
杉野と瑞樹は同時に視線を合わせ、玄関へと足を進めた。
「行くぜ。良平を奪い返す!」
瑞樹が言葉の裏に怒りをこめて言った。
二人の後に続いた祐也の後ろから、不意にトーコが情けない声を出した。
「みっ、瑞樹っ。待って…。」
「え?」
瑞樹が振り向き、杉野と祐也も振り向いた。
トーコはシャンデリアを見つめたまま、三人の方へ振り向いた。
「…あんまりのお金持ちに驚いて、足がすくんで動けなくなっちゃった……。」
「は?」
三人は目を点にして呆れたようにトーコのことを見つめた。
よたよたしていたトーコに活を入れて、四人は大きな門を出た。
見送りの人は三人ほどきていたが、当の祖父の姿は瑞樹たちは見れなかった。
「もうほとんど寝てんだ。今度元気のある時にでも会わせてやるよ。」
杉野は申し訳なさそうにそう言った。
杉野の運転で二十分ほど走り、ついに赤城の実家へ辿り着いた。
警察の重役だということで、こちらも家が広そうだった。
だが直前にスケールの違いすぎる洋館を見ていた瑞樹たちはそうそう驚くことはなかった。
「うわぁ。金銭感覚狂いそう。」
そう言って瑞樹が頭を抱えたのも無理はない。
杉野は住所と標識を確かめて、塀の前のブザーを押した。
しばらく後に、ハッキリとした声で女が出た。
「ハイ、赤城でございます。」
「こちら杉野という者ですが。智哉くんはいらっしゃいますか?」
「…どういったご用件ですか?」
「至急智哉くんのお宅へお伺いしたいのです。ワケは彼に会ってから話します。」
「…少々お待ちください。」
杉野はちらりと三人を振り向いた。
松葉杖をついた瑞樹が、トーコと祐也の影に隠れるように身をひいた。
怪我人が押しかけてきたとなったら、普通の母親は何事かと動揺するだろう。
待つこと1分弱。
家の中から、背筋をピンと伸ばして背中まである髪を一つで束ねた四十代くらいの女性が出てきた。
杉野と目が合うと丁寧にお辞儀をして、近付いてきた。