抱擁 P6



「智哉は今うちにはおりません。」
予想通りの返答。
杉野たちは動揺せずに彼女の視線を受け止めた。
自分の息子を訪ねてきた男たちに、不審な顔も嬉しそうな顔もしない。
表情の読めない人だと杉野は思った。

「いつ頃帰ってらっしゃいますか。」
「夕飯時には帰ってきます。後はどこにいるのか、知りません。」
「知らない、んですか?」
「ええ。知りません。」
気丈な姿勢の彼女は、余所者は玄関へ一歩たりとも通さないといった勢いだ。
智哉の居所を知らないのならば、ここへは用はない。
だが、高校生の息子の住んでいる場所を知らない、なんてことはあるのだろうか?アパートを借りて住んでいることを知らないわけはないだろう。
何かありそうな家族である。

「そうですか。…失礼ですけど、夕飯というのは何時くらいでしょうか。」
今の時刻は七時前である。
夕飯を始めているところは始めているだろう。
「主人が帰ってきてからなので。八時か九時でしょうか。定かではありません。」
「そうですか…ありがとうございます。また来ます。」
「…来ても無駄だと思いますよ。」
「え?」
「悪いことは言いません。あの子のことはそっとしておいてくれませんか。どこで何をしているのか知りませんけど。きっとご迷惑をおかけします。」

もう十分に、迷惑をかけている。
瑞樹はここで彼女に良平のことを叫んでやろうかと思ったが、杉野がそれをしないので渋々口を一文字に結んで黙っていた。

「でもどうしても、俺たちは彼に会う必要があるんです。」
杉野の搾り出したような言葉の裏に、苦しく固い決意があった。


赤城智哉の母らしき女性は、結局智哉の居場所を教えてはくれなかった。
最後に一つだけ、こんなことを漏らした。
「昨日も似たようなことを聞きに来た男の子がいましたよ。お知り合い?」


四人は車に戻り、しばらく沈黙を続けた。
せっかく手がかりがわかったと思ったのだが。
万一智哉を問い詰めたとして、どうやって良平のいる場所まで案内させるのだろう?

どちらかというと、智哉が実家に戻る夕飯の時間に、彼に気付かれないように良平を助け出しに行きたい。

…良平。今どうしているんだろう。
心配で心配でたまらなくなる。

運転席に座って黙っていた杉野は、突然何も言わずに車から降りた。
「すぎ…っ?」
「そっとしとけ。…先輩つらいんだよ。」
声をかけようとしたトーコを制して瑞樹が言った。
その口調は静かで、まるで自分に言い聞かせているような印象を受けた。


三人は無言で杉野の帰りを待った。
すぐそこにいるのはわかっている。
堪え切れなくて、涙を流しているのかもしれない。

そんな時、突然誰かの携帯の着メロが鳴り出した。
阪神○イガースのテーマソング。
三人がわたわたと自分の携帯を確かめるが、自分たちの音ではないとすぐにわかる。鳴っていたのは杉野の携帯だった。
助手席に座っていた裕也がそれを拾い上げ、着信の名前を見てぎょっと目を見張った。

野田和彦

とある。
「祐也、誰?」
「あ、いや、知らない人かな。先輩に届けてくるっ!」
祐也は慌てて車を飛び降り、杉野のいるだろう方向へ駆け出した。

車からそう離れていない場所に、杉野はポツリと座っていた。
空を見上げて、これから成すべきことを考える。
もう自分がどうなったって構わない。
良平が、帰ってきてくれさえすれば、殴られて死んでもいいとすら思った。

ふっと自嘲して俯いたところへ、祐也がタ○イガースの音楽を手に走ってきた。
「先輩!電話!野田さんから!」
「え?」
祐也は息を切らせて杉野の手に携帯を握らせた。

勝手に行方を消しておいて、今更電話をかけてきたなんて。
杉野はしばらく画面を見つめていた。

やがて無言で通話ボタンを押す。
「もしもし。」
『あ、拓巳〜?元気か。大丈夫か?』
「…元気か、じゃねぇっつの。何も言わずに消えたら心配するだろ!」
『ごめんごめ〜ん。心配してくれたなんて、えらい嬉しいなぁ♪』
あっけらかんとした野田の声に怒る気も失せていく。
杉野は溜息をついて前髪をかきあげた。

「んで、用件はなんなわけ?」
『あそうそう。俺な、今、水口明人んちにおんねん。羨ましいやろ?』

耳を疑う発言だ。
杉野はいきなりガバリと立ち上がり、目を見開き口を開けて大きな声を出した。
「……ハァ?!」
驚いた祐也が杉野のことを見上げた。


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