抱擁 P9



「智哉…。」
良平の声にはっとして、智哉はくるりと背を向けた。
右腕で涙を拭い、部屋の隅に置いてあった百貨店の紙袋を手に取る。
カーテンをめくり、窓の外を覗き込みながら良平の方へその紙袋を放り投げた。

「!…な、なんだよ!」
「それを着ろ。良平さんの着てた服を洗濯しといた。」
「……?」
こっそりと覗き込むように首を伸ばしてベッドの上から紙袋の中身を覗き込むと、確かに、見覚えのある自分の服がきちんとたたまれて入っている。
「…着ろって言ったって。」
途方にくれて良平が言う。
腕には手錠がついたままだった。

カーテンに隠れて窓の外を見ている智哉は、まだ、涙を流しているのだろうか。
良平は、なんだか急に、彼の後姿が可哀想に思えた。

「智哉。手錠を外してくれよ。これじゃなにもできない。」
良平の言葉に智哉がジロリとした目付きで振り向いた。
…やっぱりカワイソウなんて思わないことにしよう。
「逃げねぇだろうな?」
「優しくしてくれるんなら逃げねぇ。」
「…調子に乗るな。」
むすっとした表情をしているが、首を絞められた時のような恐怖は感じなかった。
智哉は胸ポケットから小さな鍵を取り出すと、手錠の鍵穴に差し込んだ。

カチャリ、

と開放的な音を立てて手錠が外される。
良平は何日ぶりかに両の手を左右に大きく広げることができた。
「はーっっ。自由って最高だ。」
「早く着ろ。ここから出るぞ。」
「…なんでだよ。どこへ行くんだ。」
「当分はホテルに泊まる。ほとぼりが冷めたらまたアパートでも探すかな。」
智哉は言いながら紙袋をひっくり返し、中から良平の服を取り出した。
「外へ出るのに裸だと怪しまれるからな。早くしろ。」
「…裸にしたのおめぇじゃねぇか。」
良平はぷぅっと頬を膨らませて、何日か前、脱いだついでに智哉の顔へ叩きつけてやったTシャツに腕を通した。
「良平さん。野田、って男、知ってる?」
「誰だって?」
「野田。」
「…野田にもたくさんあるだろう。」
「関西弁で、小柄で女みたいな男だ。向こうはあんたのこと知ってるみたいだった。」
「へぇ。…知らねぇ。」
「本当?」
「知ってても教えねぇ。」
良平は素っ気無く言って、トランクスの上からズボンに右足を通した。
「かわいくねぇなぁ。裸で放り出すぞ。」
「ふざけんな!」
良平は慌てて左足もズボンに押入れ、ボタンをはめてチャックを上げた。
智哉は良平の右腕をむんずと掴んで、窓の方へと寄っていく。
引っ張られた良平も窓へ近付き、そこから夜の下界を見た。

「いてぇな。なんだよっ!」
「道路の向こうに、小さな交差点がない?そこに立ってる人たちに見覚えあるでしょ。」
「はぁ?」
首を傾げて智哉の指差す方向へ顔を向ける。
目をこらして複数の人影を確認すると、良平の顔がギクリと強張った。
それを見逃す赤城智哉ではない。

「見覚え、あるね?」
「……ねぇよ。あるもんか。」
「嘘つかないでよ。」
智哉はぐっと腕を引っ張り良平のことを引き寄せて、その顎を指でがばっと掴み上げた。
「…っ!」
「嘘ついたら、あいつらの前であんたのこと犯してもいいよ。あいつらに手を出さないって約束はしたけど、代わりにあんたが俺を楽しませてくれるんだよな?」
「……っ。や、めろ…っ。」
「じゃあ正直に答えろ。あいつらのこと見覚えあるでしょ?」

屈辱に良平の顔が真っ赤に上気した。
強く唇を噛み締めて、悔しそうに舌打ちをする。
良平は視線を逸らしたまま、小さく頷いた。

「やっぱりね。あいつらきっと、良平さんのこと助けに来たんだよ。」
「!」
「間違いないよ、だってあの中に岡田瑞樹がいるみたいだし。……良平さんの大切な人も、あの中にいるんだろ。」
「えっ?」
良平が驚いて智哉と視線を合わせた。
まっすぐと見上げてくる良平の視線に耐え切れず、智哉はすぐさま唇を奪った。
両腕で良平の体を抱きしめて。
「とも…っ。」
離れようともがくが、弱っている良平の抵抗には力がなく。
智哉のキスは、今までにないくらい優しいキスだった。

…こんな奴でも、嫉妬、するのか…。
良平にはなんとなく、そんな気がした。

やがて智哉は自然に唇を離した。濡れた唇が糸を引く。
智哉はニヤリと笑って、良平の体を離した。

「スギノさん、だっけ。」
「…え?」
「とぼけたって無駄だよ。正直に答えないと、本当にあいつらの前でエッチなことさせるからな。」
「……。」
「スギノっていうんだろ、その男は。良平さん、俺に触られながら何度もその男の名前呼んでたよ。」
「…ッ!!!」
良平の頬が一瞬の内に真っ赤に染まり、彼は言葉をなくして窓の外へ顔を向けた。
その横顔を、智哉は何やら真剣な表情で見つめていた。

「関係ねぇよ、あんな奴…っ。」
「へぇ?」
智哉は笑って、両腕で良平の体を包み込んだ。
左腕が体を下降し、ズボンの上から股の間を弄る。
「あ…?!」
「嘘ついたら、あいつらの前でエッチさせるって言ったでしょ…?あの人たち、こっちへ向かって来てるよ。」
智哉が掠れた声で良平の耳元へ囁いた。
はっとして窓の外を見ると、確かに人影が四つ、こちらへ向かってくる。


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