抱擁 P10
「正直に言わないと、このままここで、もう一度脱がす。」
智哉は左腕で股間を押さえたまま、右腕をTシャツの下へ滑り込ませた。
「あ…!やめろっ智哉っ!」
「杉野って男は良平さんの恋人?それとも…片想いの相手?」
「…っ!!」
良平はぎゅっと目を瞑って、両手を窓についた。
Tシャツの中へ滑り込んだ右手が、良平の感じる点までじわじわと近付いていく。何度も撫でられたはずなのに、感じてしまう自分がいた。
「…言う!言うから!」
「答えて。杉野さんは。」
「…杉野は俺の、こ…恋人だ。」
「付き合ってるんだ。好きなの?」
「…。」
良平は黙り込んだ。
好きだと答えたら、この男は杉野に危害を加えるのではなかろうか。
目の前で杉野が危ない目に逢ってしまうのは耐えられない。
「そんなこと聞いて、どうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ、良平さんがどうなのかなぁと思ってさ。無謀にも俺に喧嘩を挑んでくる男に良平さんが惚れてもいないんだったら、俺、本気で良平さんを俺のものにするよ。」
「…?」
「戦う価値があるのかどうか、見極めたいんだ。ちなみに今までこういう質問した女は、ことごとく、俺が好きだって答えてたけどな。」
それは良平と同じ不安を抱えていたからではないのか。
正直に答えると、彼に危害が及ぶかもしれないと。
…そう答えた女たちはその後どういう目に逢ったのだろうか。
「さあ、どっち?近付いてきたよ…。ホラ。」
智哉の言葉に杉野たちの方を見ると、肉眼で輪郭が確かめられるほど近くに見えるようになってきていた。
はっと息を呑むと、その一人と目が合った。
す ぎ の … っ
突然智哉の指が良平の胸の突起を掴み、良平は仰け反って悲鳴を上げた。
股間を揉む力も早くなり、にわかに呼吸が乱れ始める。
「あ…あ、ぁん…ッ!」
搾り出した甘い吐息がカーテンの内で響き渡った。
杉野が見てる。
…見られてる……ッ!!
良平の頭にカーッと血が上り、何も考えられなくなった。
困る。
それは、困る!!!
良平は体を支えていた腕を窓から離し、ガラスに向かって打ち付けた。
ガシャーーンッと音を立てて窓のガラスが砕け散った。
これにはさすがの智哉も驚いて身を引く。
一瞬だけ良平の体が智哉から離れた。
割れた窓の隙間から、杉野のことを睨みつけて。
良平は叫んだ。
「杉野!俺はここだ!!早く助けろ!!!」
窓を割った腕から真っ赤な血が流れ出した。
智哉は良平の体を無理矢理引っ張り部屋の中へ戻すと、シャッと音を立ててカーテンを閉めた。
外は暗いため、おそらく明るい室内は丸見えだったに違いない。
良平の姿も声も、きっと彼らに届いている。
智哉は舌打ちをして、室内に尻餅をついて座り込んでいた良平を睨みつけた。
「ったく…油断も隙もねぇな、あんたはっ。」
「…へっ。ざまぁみろ。」
良平は血の止まらない腕を押さえて、血の気のない顔で笑ってみせた。
カッと逆上した智哉が良平の体を押さえ込み、圧し掛かった。
「いてぇッ!」
「あんまり俺を怒らせんなよ。怪我人だからって容赦しねぇからなっ。」
「ふん。逃げなくていいのかよ。それともなんだ?何にもできねぇお前は、まだお母様ってやつに助けてもらうつもりなのか?」
「……!!」
バシッ!
派手な音を立てて、良平の頬が弾かれた。
智哉の平手が叩きつけられたのだ。
…グーでなかっただけよかったかも、と良平は冷静に考えた。
「いちいち勘に触ること言うんじゃねぇよ!」
「なんだよ!図星だからだろ!しかも別に悪いとは言ってねぇよ、俺んちは母さん死んでっからな!逆に羨ましいし!!」
「…なに?」
「俺には助けてくれる母親はいねぇんだよ!胸くそわりぃ父親だけはいるけどな!」
良平は半ばヤケクソ気味に叫んだ。
まさか兄貴が母親代わりだったとも言えない。
智哉が黙り込んだので、良平も息を切らして言葉を止めた。
腕から流れ続ける血が、智哉と良平の両方の服を汚していく。
「…うぜぇんだよ。」
「……?」
「母親も父親も、みんなうぜぇんだよ。いない方がせいせいする。」
「は?」
「母親は俺が何をやっても何を言ってもハイハイ言うことききやがる。父親は逆に何をやっても叱ることしか考えてねぇ。最低のクズだ!!」
「…はぁ?」
良平は思わず素っ頓狂な呆れ声を発した。
そりゃただの親に対する愚痴、というか単なる我侭じゃないか。
「俺の話を聞いてる奴なんか、どこにもいねぇ。俺のことを真剣に考えてる奴なんか、どこにもいねぇ。そんな奴らのために、俺が考えることなんてあるか?!」
「…おい。」
「みんな自分のことで精一杯だ。わかってねぇのはお前らなのに、俺の方がわかってねぇみたいな目をする。だから気にいらねぇ奴は排除することにした。」
「待てよ!なんだよその…幼稚くさい考え方は!」
「わかってるんだ馬鹿みてぇだってことは!!だけど他に方法がねぇんだよ!どうやっていいかわからない!!」
智哉の瞳から再び涙が溢れ出た。
それは頬を伝い、途中で重力に逆らえずに肌を離れ、良平の首筋に落下してきた。
…熱い。
良平はなんだか初めて智哉を近くに感じた。