抱擁 P11
考えみれば、赤城智哉は十八歳の高校生。
胴体は人一倍大きく背も高いくせに、良平と年が三つも違うのだ。
中学の頃に似たような理論で暴れまわっていた良平には、少しだけ智哉の気持ちがわかるような気がした。
良平の場合はいつでも傍で理解して支えてくれる人がいたけれど、一人もいなかったら自分ですらどうなっていたかわからない。
…我侭を自分の力と勘違いしていた。
そう考えると、良平は智哉に対して妙な親近感を覚えた。
目の前で涙を流す大男を、可愛いとすら思う。
「…なんだよ。泣くなよ。らしくねぇな。」
「せぇ…っ。」
「俺がわかってやるよ。俺はお前の気持ちよくわかるよ。」
「…嘘をつくなと、何度言ったらわかるんだ!」
「嘘じゃねぇ。本当だ。いいか、感じろ…。」
ズボンを脱がそうと手をかけた智哉の動きを遮って、良平は二本の腕で智哉の顔を引き寄せた。
痛む傷跡にも気にかけず、力の限り抱きしめる。
智哉は良平の胸に顔を埋めて、意外なほど大人しく、静かに体の力を抜いた。
直に聞こえる、良平の胸の鼓動。
時間が止まった。
智哉の涙で良平のTシャツが濡れていく。
やがて智哉は良平のズボンから手を離し、自分より一回りくらい小さな良平の体を抱き返した。
体温が、安心する。
柔らかな腕が、ぬくい体が、智哉の体を心と共に鎮めていった。
「…良平さんて、変な人だな。」
「えっ?」
智哉の体重に体が痺れてきた頃、良平を見上げて智哉が言った。
驚いて目を見開いた良平の瞼に軽く唇を落として、智哉はのっそりと立ち上がった。
手の甲で涙を拭い取る。
ぎらっとした目で床の上に畳の上に横たわった良平のことを見下ろして、おもむろに彼の体を両腕で抱き上げた。
「あっ!何するんだ、下ろせ!!」
「もうすぐ杉野って奴や岡田瑞樹が押しかけてくるよ。あんたが呼び込んじゃったからさぁ。」
「…。」
「逃げられなくなったじゃん。」
智哉は隣の部屋へ行き、良平を食卓の上へおろした。
「杉野って人、喧嘩強いの?」
「…全然。まったくだめ。」
「へぇ。」
「手ぇ出すなよ。」
「うん。」
智哉は素直に頷いた。
…なんだ、可愛いとこあるじゃん。
良平はもう智哉に対して恐怖を抱いていないことに気付いた。
それどころか嫌悪感も、怒りも全てどこかへ行ってしまった気がする。
あんなに嫌だったのに。
「あんたはここにいなよ。杉野って人が入ってきたら、帰っていいよ。」
「…。」
予想外のような、予想通りのような。
智哉から独占欲や嫉妬心というものは完全に消えているような気がする。
「お前はどうすんの?」
「俺はどうしようかなー。杉野って男の顔、じっくり見てみたいけど。また妙な気持ちになっちゃったら嫌だからな。」
「妙な気持ち?」
「また良平さんをさらっちゃいたいなぁって思ったらさ。」
「…。」
良平は呆れて首を傾げたのだが、智哉はニッコリと微笑んだ。
…そんな笑顔もできるんじゃん。
「良平さん、俺のことトラウマになんかしないでね。」
「よく言うよっ。あほが!」
玄関の外から、複数の人の足音が聞こえてきた。
…杉野も混じってるの、かな。
「俺、良平さんのこと本当に好きだった。」
「今更かよ。」
「うん。だから最後まで強引にやっちまうの迷ってた。」
「…ふぅん。」
「今から思うと残念だけどなぁ…。」
智哉の手が良平の股間に伸びた。
良平がすかさず血の出ていない方の手でそれをはたく。
智哉を睨むと、彼はペロリと舌を出していた。
玄関の扉がガチャガチャッと音をたてた。
ロックが外される音らしい。
「じゃあね、良平さん。」
「警察行けよ。」
「やだね。俺の父親のような奴らの巣になんか絶対に入らない。」
「…ふぅん。じゃあマトモに生きるんだな。」
「また会おうね。」
「セックス抜きなら会ってやる。」
「ははっ。」
ガチャン!と大きな音を立てて玄関のドアが開かれた。
「良平!!」
杉野の声に、良平が智哉から目を離して玄関を見た。
…その隙に。
智哉は窓から暗闇の外の世界へと飛び降りていた。
二階の窓からどうやって降りたのかは知らないが。
随分と派手な音を立てて地面へ降り立った智哉は走って闇の中へ消えた。
「良平?!」
一番に杉野が部屋に駆け込んできた。
久しぶりに見る彼の顔はやけに懐かしくて、愛しくて。
良平は食卓の上から飛び降りるようにして、杉野の腕の中へ飛び込んだ。
それを抱きとめた杉野は勢いよく地面に尻餅をついた。
「良平!よかった…良平っ。」
痛いくらいに良平のことを抱きしめる。
腕から流れる血液が杉野の服も染めていくが、そんなことにはまったく気が付いていない様子だ。
良平も負けないくらい杉野のことを抱き返した。
後から駆けてきた瑞樹が部屋の中に誰もいないことを確認し、不自然に開いた窓から外を覗き込んだ。
遠くの方に、明人と落ち合って逃げていく人影が見えた。
軽く舌打ちをして、追おうかとも思ったが。
ほっとしたように目を閉じている良平の表情を見たら、そういう気も失せた。
まずは良平が無事だったのだからよしとしよう。
傍に寄ってきた祐也と視線を合わせて、ふっと笑みを零した。
鍵を開けてくれたアパートの管理人は呆然として部屋の中を見渡している。
野田和彦は抱き合う杉野と良平から距離を置いて、二人の様子を眺めていた。
よかったな、拓巳。
「…良平。血が出てるよ。…良平?」
杉野の腕の中で緊張の糸が切れたのか、良平は出血と栄養失調で気を失ってしまった。