おめでとう P2



「にしても、なんでまた大学なんだよ。」
良平は体についた草を手で叩き落としながら聞いた。
杉野も立ち上がり、ジャケットをはたいて腕を通した。
「別に…なんとなく。良平の通ってるとこはどんなとこなのかなと思って。」
「今日、何の日かわかってんだろうな。」
「うん。」
真面目に答えて、杉野は良平の足元に置かれていた迷彩柄の小振りの鞄を取り上げた。
「行こうか。」
さりげない、本当に些細な心遣いが嬉しい。
良平はポリポリと頭の裏を指で掻いて、杉野の後を追いかけた。




肉じゃがを持って杉野の住むアパートへ行くと、中はもぬけの殻だった。
あれ?と思って玄関の鍵を閉め、電気をつける。
耳を澄ますと浴室からシャワーの流れる音がしていた。
納得して奥の部屋に入ると、脱ぎ捨てられたコートと、ハンガーに掛けられたスーツが目に入った。
指で触れるとまだぬくもりが残っていそうな、温かみを感じる。

良平は急にむらむらとした気持ちを感じ、肉じゃがの入ったタッパーと、財布と鍵を小さな机の上に置いて、上着を抜いた。
上半身裸になって、ズボンのベルトを外す。
服を放り出して、そのまま、浴室の扉を勢いよくあけた。

「杉野!」

びくぅ!!!

誰もいないと思っていた杉野は心臓が飛び出るくらい驚いて、声をかけてよこした目の前の男を肩越しに見た。
見開いた目を更に見開き、我が目を疑う。
シャワーが視界を遮っていたので、お湯を止め、前髪をかきあげる。

…そこにはズボン一枚の、良平が立っていた。
見間違い?…にしてはやけにリアル。

「…りょう?」
「うん。おかえり!!」
「ただいま…どうしてここに?」
「お前が会いたいって、言ったからだろ?」
良平はなるべく挑発的になるように言った。
風呂場の湯気のせいか、それとも杉野の引き締まった裸姿が目の前にあるせいか、顔がどんどん熱くなるのがわかる。良平は唇を噛み締めた。

「まじで?嬉しいよ良平ちゃん!!」
杉野はにっこりと微笑んで、裸のまま飛びついてきた。
良平は逃げる間もなく自分より大きな杉野の体に抱きすくめられた。
濡れた体は熱を持っていて、良平の冷えた体との温度差をありありと伝えた。
「外、寒かった?」
「ううん…別に。」
「冷たいよ。一緒に入ろう。」
「…。」
「そのために脱いでるんだろ?ほら、ズボンも脱いで。」
そう言って、杉野は良平のズボンにお湯で濡れた手をかけた。
「自分でやるよっ!」
良平は杉野を突き飛ばし、自らチャックをおろした。その下から姿を現す良平のすらりとした足に、杉野の瞳が釘付けになる。恥ずかしくなって、良平は杉野に背を向けた。
くすくすと杉野が笑う。
「かわいーな。良平は。」
背を向けていても杉野がどんな顔をして言っているのか簡単に想像できたので、良平はますます照れて黙り込んでしまった。
しばらく硬直していると、杉野が背後でシャワーをもう一度ひねった音が聞こえた。
お湯が頭上から降ってくる。

「風邪引く前に、早く来いよ。」

その声を引き金に、良平は一気にズボンとトランクスを脱いだ。




良平は目の前に見えてきた背の低い建物を指差した。
「ここが…生協。ちっさいだろ。その向かい側の…この廊下をまっすぐ行くと、食堂の入口があるよ。」
「ほー。生協は今日やってるの?」
「さあな…春休みだからなぁ。」
「確かに。腹減らねぇ?」
「そうだな…食う?」
「うん。行こ行こ。」
春休み中の大学では学生の姿をほとんど見かけないと思っていたが、意外とちらほら、誰かと行き交う。幸い知り合いではないけれど、知ってる奴に会ったらなんと言おう。
…先輩、でいいんだよな。

良平は楽しそうに大学内を歩き回っている杉野の背中をぼんやりと眺めた。その視線に気が付いて杉野が振り返る。
「オススメの定食は?」
「どれも美味しいよ…俺は好き。」
「へー。俺が行ってた大学は、安かったけどあんま好きなのなかったよ…唯一から揚げが好きだったな。」
「から揚げ?」
「そう。割と人気があったからすぐになくなっちゃうんだけど、またすぐに揚げたてのが出てくるの。まじ、揚げたてのから揚げは感動するよ。」
「そうだな。」
良平は頷きながら、今度、から揚げを目の前で作ってやろうと思った。どんな顔をして感動してくれるんだろう?
…その前に、兄の恭平に作り方を伝授してもらわねばならないが。


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