セクスマシン


 男は八尋の顎を持ち上げ、品定めするように好色な視線を投げかけてきた。それを見返すようにジッと目を見返すと、男は苦笑のような、呆れているような曖昧な笑い方をした。
「生意気なツラしてやがる」
 嗄れた男の声を不快に思う間もなく八尋は首を絞められた。じわじわと力を込められ、顔面に血が滞るのを感じる。苦しみと困難な呼吸のため、八尋は陸に上げられた魚のように口を喘がせ、明瞭な言葉が出せずに呻いた。
「ぁ…ぐァ…」
 口の端から唾液が零れ、首を絞めていた男の手を汚す。男は八尋の無様な様子に悦んで、満足そうに目を細めた。
「まあ、今回は相手が悪かったわな」
 男は手を緩め言った。ふざけるな! 全部おまえらが仕組んだ罠じゃないか、と言おうとして言葉を詰らせた。八尋が言うまでもない。準備された罠に気付かず掛かった己が不注意だったのだ。この生活に慣れ油断したのが愚かだった。



 八尋の仕事は性奴隷を仕立てる調教師だった。金を持て余した物好きが買っていく見目麗しい少年や青年たちを買ったすぐから具合が良いように仕込むのが仕事だ。市に出される前の、訳ありな若者や八尋の父親ほど歳のいった年寄りまで、元締めから命じられるまま肉体の快を叩き込み、徹底した奴隷根性を叩き込む。マトモな精神ではとても続けられないような仕事であったが、八尋はある種異常ともいえる精神構造から自他共に天職だと認めていた。
 行き過ぎた仕込をすることで八尋は有名だった。
 売り物の精神を正常な状態から大きく逸脱したところまで飛ばしてしまうことから、付いた渾名は『壊し屋』――

 その日連れてこられたのは、身体が小さく肌の白い、美しい青年だった。訊けば、売り物ではないと言う。
「随分おとなしいじゃねぇか……何か問題でもあんの?」
「さあな。従順すぎてツマンネェんだろ」
「かぁ…贅沢だねぇ」
 『壊し屋』の元に再調教に出されたというのに青年は怯えるでもなく静かに立っていた。断る権利など八尋にはない。これほどの上物をただの色狂いにしてくれ、という持ち主に呆れながら、青年を連れてきた男に期限を問う。
「二週間」
「微妙だな」
「出来ないか?」
 男の揶揄するような目付きを受けて八尋は口の端を歪めて笑った。
「匙加減がなぁ……完全にパアにしたら不味いんだろ?」
 男は満足気に八尋の肩を叩き青年を置いて帰っていった。青年はこの間、一言も言葉を発しなかった。
「恨むんならオマエの飼い主を恨めよ。これは俺の仕事なんだ」
 青年の長く揃った睫毛がかすかに震えた。服を脱ぐように言うと素直に従う。青年の身体には傷一つなく、痩せぎすでもなく、無駄な肉のないバランスの美しい姿態が現れた。
「オマエみたいな毛並みの良いのが気に入らねぇなんてなあ」
 八尋は呟き、逃げねぇと思うけどと前置きして両手を拘束する。足をM字に開かせ閉じられないようにする。
 くすぐるように全身を撫でていくと、青年はかすかに身体を震わせた。おとなしいが不感症という訳でもなさそうだった。八尋はふっと息を吐き、青年の頬を撫でた。
「何かしくじったか、飽きられたか……そんなところか」
 晒された秘所を探ると青年は小さな声を漏らした。ローションで湿らせて慣らし中を掻き回していくと青年の息遣いに甘えが混ざってくる。その様子にまた疑問が生まれるに構わず、八尋は青年の身体の奥にカプセルを埋め込んだ。零れ出ないように張り型で栓をする。
 しばらくすると青年は身体を大きくのたうって、許してくださいと繰り返した。性器を擦ってやるとビクビクと身体を痙攣させ、そこはすぐに破裂しそうなほど張り詰めた。
「オモチャみてぇなもんだろ?」
 催淫効果のあるローションを青年の昂りに塗りこみながら、八尋は独り言のように呟く。この仕事を始めて八尋が得たただ一つの真理だった。吐精を阻みながら刺激し続けると青年は身体を仰け反らせて泣いた。中に埋めた薬が効き始めたのだろう。泣きながら更に強い刺激を求め続けた。

 一週間もすると青年は自らを慰めながら性器を強請るようになった。卑猥な水音を立てながら嬌声を上げる青年の横で八尋は煙草を吹かしスポーツ新聞を睨んでいた。贔屓の球団が連敗記録を更新している。苛立つ気持ちをそのまま青年にぶつけてしまうなぁ、と他人事のように思いながら、短くなった煙草を灰皿に揉み付けた。
 ドンドンとけたたましく金属製の扉を叩く音が響いた。
 何事かと思いながら扉を開けると、青年を連れてきた男が薄ら笑いで立っていた。その背後には何人か見知らぬ男たちが控えている。
「なんだよ、監査か? 仕込みは順調だぜ」
「それどころじゃねぇ」
「納期が早まった? まだ半端だけどそれで良いなら持って帰れよ」
「それどころじゃねぇって言ってるだろ」
 男はニヤニヤと笑いながら顎をしゃくる。すると控えていた男たちが一斉に八尋を取り囲み拘束した。抵抗したところで貧弱な八尋の体格では屈強の男たちに敵うはずがない。腹を括ってされるままになった。
「肝の据わったヤツだ」
 男は八尋の肩を叩き、部屋の中へ入ってくる。両腕と胴体を併せて荒縄で縛られ、八尋もようやく男たちの壁から解放された。
「とんでもねぇことしてくれたな」
 男は青年の拘束を解きながら言った。
「こいつぁボスの弟君じゃねぇか」
 ――ハメられた! 八尋は咄嗟に青年に目を向けた。だが薬の効力なのかボンヤリと男の胸に頭を凭れているだけだった。



 男は八尋を自身の調教部屋へと押し込めた。窓一つない部屋は重い鉄の扉が閉まると完全な密室になる。空調で温度管理された部屋は薄暗い照明と仕込みに使う数多の器具、大きなベッドがあるだけだった。ユニットバスが備え付けられてあったが、この部屋は生活とは無縁の場所だった。
 セックスのためだけの部屋。八尋は廃ビルの一室をねぐらにし、そこで調教も行ってきた。それは単に仕事場を別に用意し、そこへ通勤するのが億劫だったからだが、その生半可な根性から比べると、この男はプロフェッショナルだろうと窺えた。
 どういう話になっているのかは分からないが、ボスの弟を手篭めにしたとなったらリンチは免れないだろう。絞められた首が、解放された今も痛む。
「ワリィな八尋、ボスがおまえを飼いたいって言うもんでよぉ」
「回りっくどいことしやがって」
 ボスが欲しいと言った以上、逆らうことはできない。わざわざ自分の弟を囮に使う必要はないのだ。八尋は美しい青年を思い、下らねぇと呟いた。男は笑う。
「諦めろ。おまえはもうボスのオモチャになるんだから」


(05.7.7)
置場