兄妹の距離

第三話


夜。
オレは床に就いて、ともみのことを考えた。

確かにともみは可愛い。
兄バカで恐縮だが、容姿だけは可愛い。
それは認めよう。
しかし、アイツはドジでチビッ子でノロマで、おまけにバカだ。
この前、アメリカの首都は何処か?
という問題を出してやったら、

「ニューヨーク」

とか真顔で答えやがった。
たぶん中国の首都も満足に答えられないだろう。
英語や数学、理科、国語も苦手だと言っていた。
得意なのは『給食』だけだろうか。
正直、ともみの担任の海原先生は、相当苦労しているのだろうなぁ。
クラスメイトとかにも迷惑をかけてないだろうか?
そういやアイツ、来年受験だって言ってたな…。
進学は出来るのだろうか?
ああ、だんだん心配になってきた…。
母親が子供を想う気持ちっていうのは、こんなカンジなのだろうか?
ん?
……。
そう考えたら、だんだん馬鹿らしくなってきたなぁ。
何故、このオレ様がともみごときの為に
ここまで頭を悩ませないといけないんだ?
オレは親じゃない、兄だ。
法的に保護監督責任の義務があるのは伯父さん夫婦だ。
そういうことは伯父さん達に任せておけばいい。
オレだって無事、高校まで進学できたんだし、
ともみだってがんばれば進学できるハズだ。
うん、大丈夫、大丈夫。
オレがいくら心配したって、事態は好転しないんだ。
ならば、ともみが自力で頑張れることを信じるしかない。
そう、信じるしかないんだ。
……。
………。
…………。
う〜ん…。
イマイチ信用ならねぇ…。
だって、あのバカが一度でもやり遂げたことがあったか?
去年、手編みのセーターを作るとか言っていたけど、
結局、3日で投げだして、ユニクロへ行ったし、
ゲームのRPGだって、1枚目のディスクで自己完結だし…。
……。
無理だ!
無理に決まっている!
アイツが受験戦争に勝てるハズがない!
勝てたとしてもその学校は、競争倍率1.0以下の
不良の巣窟に違いない!
もし、そんな学校へともみが行ったら、
1日目でイジメに遭って、2日目で男子生徒に強姦されて、
3日目で輪姦、4日目には妊娠してしまうっ!
ああ…、あああ…、あああああああああ…ッ!
イ、イカンッ! 絶対にイカン!
そんな無法地帯にともみを通わせる訳にはいかない!
そんなことなら進学なんてしなければいいんだ!
今すぐ受験を辞退させよう!
……。
いや、そういう訳にもいかないか…。
今時、中卒なんてみっともないし…。
……。
いや、そういう考え方が個性を潰すんだ。
中卒だって立派な人間はいっぱいいる!
要は社会人になった時、どれだけ社会に貢献出来るかが大切なんだ!
学校なんてその通過点に過ぎない!
中卒だっていいんだ!
ともみがともみらしく生きられれば、それで良いじゃないか!
よかったな、ともみ。
お前は進学できなくても大丈夫だぞ。
ふぅ、これで一安心だ。
あっはっはっはっはっ!
……。
って、アレ?
なんでこんな結論に至ったんだっけ?
そもそもオレは何を考えてるんだ?
なんでともみの人生をオレが考えてるんだ?
それはともみ自身が考えなくちゃいけないことなんじゃないのか?
そんなことより自分の将来のことを考えた方が良いんじゃないのか?
オレだって来年は大学受験なんだし…。
あー、ウゼェなぁ…、進路相談とか…。
大学…かぁ…。
確か国立の大学でも、年間100万円近くの学費が必要なんだよなぁ…。
また、伯父さんと伯母さんに迷惑かけちまうなぁ…。
いっそのこと就職しちまうか…。
しかし、なぁ…。
就職するって、何処に?
今や平成不況の真っ只中の超氷河期だぞ?
高卒如きが入れる会社なんてたかがしれてるし…。
って、さっきまで中卒でも良いって言ってたのは何処の誰だよ!
……。
結局、オレも無個性な人間の一人だったということか?
う〜む…。
寝よ…。

と、いったことを長々と考えていたら、
窓の外がだんだん青白く見え始め、
新聞配達のバイクのエンジン音が聞こえた。
もう、朝だ…。
あと、2時間ぐらい眠れるかな?
ぐぅ…。





ちょうど2時間後。

「お兄ちゃん! 朝だよ! 起きないと遅刻するよ!」

と、制服姿のともみが大騒ぎしているので目が覚めてしまった。
ったく、誰の所為で寝不足になったと思ってるんだ!
まぁ、自業自得なのだが…。

「頼む! オレの一生のお願いだ! あと8時間眠らせてくれ!」

「そ、そんなの無理だよ! っていうか、それは欲張り過ぎだよっ!」

「これでもちょっとは遠慮して言ってるんだぞ!
本当は学校なんてサボって12時間ぐらいグッスリ眠りたいんだ!」

「わ! スゴイ贅沢なこと言ってるよ、お兄ちゃん!」

「そうだろう? 今日からオレのことをマハラジャと呼んでくれ」

「余計なことはいいから、早く学校へ行く準備をしないと、ホントに遅刻するよ!」

「うぅ…、ダメだ! ふとんがオレを飲み込んでゆくぅ…!!」

オレは助けを呼ぶふりをして、ふとんの中へ潜ってゆく。
一応、設定としては「ふとんに食べられた」ということになっているので、
オレには罪がない。不可効力だ。

「うーっ、ズルいよ! お兄ちゃん! じゃあ、私も寝る!」

なぬ!?
このバカ! オレのふとんに入って来やがった!
この年になって恥ずかしくないのかコイツは!?

「へへー、あったかいね。お兄ちゃん」

「バカ、制服がシワになるぞ。早く出ろ」

「ヤダよぉー! お兄ちゃんが起きるまで私も寝るー!」

「遅刻するぞ!」

「その時はお兄ちゃんも遅刻だよ」

「お、お前…、オレと心中するつもりか!」

「玉砕は覚悟の上だよ!」

えっへん! と誇らしげな態度のともみ。
うーむ、ともみの癖に男らしいじゃねぇか。ちくしょう…。

「うぬぬぬぬ…、わかった…、今日はオレの負けだ…。大人しく起きよう…」

「うん、じゃあ、私も起きるね。って、アレ…?」

「ん、どうした? ともみ」

ともみが何か不思議な物を見つけたような目で、ふとんの中を見ている。
はて、オレの部屋に珍しいものなんてあっただろうか?

「んー、なんだろう? さっき、あったかくて硬い棒が…」

そう言いながら、ともみはふとんの中をまさぐり始めた。

「あれ? コレかな?」

ギュッ! と、オレの一物を握り締めるともみ。
オレはビックリして、

「コ、コラ!! 何しやがる! このバカ!」

と、大声を出して膨張しきった股間を両手で押さえながら、急いでともみから離れた。
朝だから膨張していたのか? それともともみと寝たから膨張したのか?
どちらにしても、とんでもない失態を見せてしまった!
うぅ、情け無い…。

「きゃっ! ゴ、ゴメンなさい! お兄ちゃんっ!
私、その…、お兄ちゃんの…アレが、そんなに硬くなるなんて、知らなくて…」

耳まで顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながらも謝るともみ。
どうやらともみはまだ、男性の生理現象を知らなかったらしい。

「あ、ああ、わかった! 知らなかったら仕方ないよな、うん!
お兄ちゃんもお前だからって、ちょっと油断してた。これからはお互いに気をつけような!
じゃ、オレは制服に着替えるから、ちょっと部屋を出てくれないか? さぁ、出てってくれ」

オレは声を引き攣らせながらも、なんとかともみを傷付けないように言った。
正直、1秒でも早くこの場から立ち去りたい…。

「う、うん…、ホントにゴメンね…」

ともみは申し訳なさそうにドアを閉めて、階下へと降りていった。
……。
まったく、なんて朝だ…。
オレの気持ちとは裏腹に、股間は今日も元気に空を仰いだ。



つづく


---- あとがき ---------------------------------------------

おひさしぶりのATFです。大変です。ともみたんがお兄ちゃんの
おちんちんをつかんじゃいました! しかも素手で!(笑)
かなり気まずい雰囲気で終わっちゃいましたが、今後、兄妹の距離はどうなるのか?
次回も是非、読んでやってください。
文章:ATF

(2002年3月23日)

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