兄妹の距離

第四話


ドタドタドタドタッ!
オレは急いで制服に着替え、学校指定の鞄を持ち、階下へと降り、
そして、ダイニングキッチンへ向かう。
もちろん、朝食を食べるためにだ。

「おはようございます!」

オレは朝食を作っている叔母さんに、朝の挨拶をする。
ちなみに伯母さんの名前は芙由子(ふゆこ)、伯父さんの名前は秀輝(ひでき)だ。

「あら、おはよう祐輝。朝ご飯どうする?」

そうそう、ともみのバカがオレのことを「お兄ちゃん」としか言わないから、
今まで言うの忘れてたけど、祐輝(ゆうき)というのがオレの名前だ。

「5分で食べられる物なら食べます」

「随分急いでいるのね。じゃあ、トーストと目玉焼きにしましょう」

「無理言ってすみません。早めにお願いします」

遠慮しているのか遠慮してないのか、よく分からないような微妙な会話。
これが瀬ヶ崎家流の会話なのだ。
昔から伯父さんに

「オレは祐輝とともみのことを、オレの実の息子、娘だと思ってる。
だから祐輝もともみも、オレのことを実の父親だと思って接してくれ」

と言われているのだが、どうしても伯父さん達のことを
「お父さん」「お母さん」とは言えなかった。
決して伯父さん達のことが嫌いというワケではないのだが、
オレには本物の「お父さん」「お母さん」と過ごした記憶があるから、
素直に伯父さんを「お父さん」にすることが出来ないのだと思う。
ともみのヤツはと言えば、オレのことを気にしているのか、
オレ同様に伯父さん達のことを「お父さん」「お母さん」とは言わない。
伯父さん達も最初のうちは頭を悩ませていたようだが、
次第にオレ達兄妹の気持ちを考えてか、「お父さん」「お母さん」と
呼ばせることを強制しなくなった。

そんなワケで今現在も、この微妙な親子の関係が続いているのだ。

「伯父さんはまた会社ですか?」

「ええ、校了前だからずっと会社」

伯父さんは有名な出版社に勤めていて、漫画雑誌の副編集長をやっている。
こう言えば聞こえは良いかもしれないが、ハッキリ言って家族サービスは落第点だ。
毎日帰りは遅いし、たまにある休日は接待ゴルフか、
一日中寝ているかのどちらかだし、家族旅行なんて夢のまた夢だ。
ぶっちゃけた話、オレは伯父さんとあんまり会ったことがない。
数回しかないんじゃないだろうか?
一緒に住んでいるハズなのに、これほど存在感のない人はいないと思う。

「仕事が大好きな人だから、仕方がないのよ」

と、伯母さんはいつも苦笑まじりに言うが、
オレはそんな伯母さんが不憫でならなかった。

「はい、出来ましたよ〜」と、伯母さんはのんびりした口調で
トーストと、目玉焼きと、コーンスープと、プチトマトとレタスのサラダを、
ダイニングテーブルに並べる。
早い。さすがはベテラン主婦だ。要領を得ている。

「いただきます!」

空腹のオレは早速、獲物にかじりつく。
横目でチラッと時計を見たら、あと3分しかないじゃないか。
更に食べるスピードが加速する。


「あのね、昨日、お昼の番組で言ってたんだけど、
朝、甘い物を食べると頭が良くなるんですって!
なんでも砂糖に多く含まれるブドウ糖が脳の栄養になって、
頭の回転が良くなるって、美濃さんが…」

また伯母さんの健康講座が始まった。
伯母さんは家族の健康を守ることこそが「我が使命!」
と言わんばかりの健康マニアで、
お昼にテレビでやっている、健康番組の司会者、
美濃門太さん(通称「美濃(みの)さん」)の大ファンなのだ。
いや、大ファンというより、ちょっとした「信者」だろうか?
美濃さんの言うことなら、なんでも信じてしまいそうな気がする。
そういう盲信的な信者なのだ。

それでまた、『健康ジャム』を作ってみたんだけど、パンに塗ってみる?

伯母さんは『芙由子さん特製健康ジャムVol.3』と書かれた、
オリジナルラベルが貼付されてるジャムの瓶を、オレに差出し勧めた。
なんていうか、無駄に芸が細かい。
このオリジナルラベルはパソコンでプリントアウトしたのだろうか?
結構キレイな仕上がりだ。
そしてなんだろう、このジャムの色は? カーキ色に近い黄褐色?
見た目はジャムっていうより、離乳食に近いような…。
一体、原料は何を使っているのだろうか?

「いえ、オレ急いでるんで…」

生命の危機を感じたオレは、やんわりと断わった。

「あら、そーお?」

残念そうにしぶしぶと瓶を冷蔵庫にしまう伯母さん。
どんな味がするのか、ちょっと気になったが、
リスキーなギャンブルをするほど、オレは勇者ではない。

「ビール酵母は身体に良いのに…」

そんなモンが入ってたのか!
そりゃ絶対マズいに決まってる。
ふぅ…。危ない危ない。
そんなモン食べたら朝から不機嫌になるところだった…。

「ごちそうさまでした! いってきます!」

オレは次の健康食品が出て来る前に素早く食事を終え、
逃げるように席を立ち、玄関へ向かった。

「いってらっしゃい。気をつけて」

伯母さんの声が、カチャリカチャリとお皿を重ねて
片付けている音と重なって聞こえた。
これから食器を洗って、洗濯と掃除をするのだろう。
本当に母の存在はありがたい。
一人暮らしをするようになったら、家事を全て自分でやらないとならないからな。
今のうちにこの幸せを享受しておこう。
そんなことを考えながら玄関のドアを開けたら、外にともみがいた。
あれ? なんでココにともみが?

「お兄ちゃん!」

「お前、先に学校へ行ったんじゃなかったのか?」

「ずっと外でお兄ちゃんを待ってたんだよ。早く学校へ行こう!」

「なんだよ。別に待ってなくても良かったのに。ほら、急がないと遅刻するぞ」

「うぅー! お兄ちゃんが言わないでよ、そのセリフ!」

「まぁ、いいや。走るぞ、ともみ!」

「わ、わわ! 待ってよお兄ちゃん!」





残暑も終わり、木々の緑は紅葉を見せ始め、
涼しい風がキンモクセイのあの甘い香りを運んでくる。
が、今のオレ達には、そんなモンを見たり嗅いだりしている余裕はまったくない。
遅刻という名のプレッシャーが、オレ達を無理やり走らせるからだ。
いつもともみと一緒に走っている通学路。
この先のコンビニを曲がれば、ちょっと急な坂道があって、
その坂を越えればウチの高校と、ともみの中学校が見える。
そう、オレ達の学校は中等部から大学部まである、総合学園施設だ。
俗に「エレベーター式の学校」とか呼ばれているが、
推薦で進学出来る人は、成績が優秀なほんの一部の人間だけで、
普通の人は他の学校の人と一緒に受験をして進学する。
だから、中等部から高等部に上がる時、他の学校へ行く生徒も多い。
正直、偏差値も高いワケではないし、運動系の部活も強くないし、
工業や商業ではないので就職率も高くはない。
オレ達がこの学校を志望した理由は、「家から近い」という一点だけだった。

「おい、ともみ! あと何分だ!?」

「えっと、あと8分…ぐらいだよ! お兄ちゃん!」

「そうか、ここまで来ればもう大丈夫だろう。少し歩くか? ともみ」

「うん、ありがと…お兄ちゃん…はぁ…はぁ…」

急に運動をしたからか、ともみはなかなか呼吸が整わない。
元々コイツは身体が丈夫な方ではない。
昔から色んな病気を患っている。
風邪はコイツが我家で一番最初に伝されてくるし、
春先には花粉症にもなる。
伯母さんが『健康マニア』ならば、コイツは『病気マニア』だろうか?
コイツの所為で伯母さんが健康マニアになったと言っても過言ではない。

「あんまり無理すんなよ。今日も時間に余裕があったんだから
オレなんか待たずに、先に行けばよかったんだ」

「うん、でも…」

「ん? なんか理由があるのか?」

「うーん、別にそういうワケじゃないんだけど…」

「じゃあ、どういうワケなんだ?」

「えっと、その…」

なんだろう? 顔を真っ赤にして…。ああ、そういうことか!

「別に今朝のことは気にしなくてもいいんだぞ! アレは事故だ事故!」

と、オレは笑って茶化したが、しかし…。

「ち、違うよ〜、せっかくそのことは忘れかけていたのにぃ!」

と、ともみは怒ってふくれてしまった。

「じゃあ、なんなんだよ!?」

オレはイラだって、ちょっと声を荒げた。
するとともみが消え入るような小さな声で…。

「…少しでも一緒にいたいから…」

「はぁ? なんだって?」

ともみのバカが小声で喋るからよく聞き取れなかった。

「ううん、なんでもない! もうすぐ予鈴が鳴るよ、早く学校へ行こう!」

「おい、バカ! 急に走るな! また転ぶぞ!」

と、言っているそばから小石で躓いているし。
まったく、しょうがねぇな。
そんなこんなで本当に予鈴が鳴り、オレ達は急いで教室へ向かった。



つづく

---- あとがき ---------------------------------------------

ゴメン。今回のアップは凄く遅れました。ホントにゴメンね。お兄ちゃん(汗)
実は三回ほど書き直してます。なかなか納得がいかなくって。(汗)
さて、やっとお兄ちゃんの部屋を脱出できましたね。次回からは学校編。
絶対に見てくれよな!(悟空)
文章:ATF

(2002年4月13日)

<第三話  第五話>

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