オレは今、ものすごく眠い…。 原因は昨日の夜、ともみのことを考え過ぎて、ほとんど眠れなかったからだ…。 眠い。寝たい。 しかし今は授業中。 今寝てしまうとオレ達のクラス、3年4組の担任である高橋先生に怒られてしまう。 一時間目の授業は高橋先生の古典。 昨日、熟睡していたとしても、十分に眠くなる授業。 授業の内容もさっぱりわからない。 わからない授業を受ける意味なんてあるのだろうか? 眠い。寝たい。 前の席の「てっちん」は眠っている…。 本名は芝原徹雄(しばはらてつお)。 オレ達の間では「てっちん」で通っている。 眠い。寝たい。 あ、隣の席の遠藤さんも、うつらうつらしている。 お、二つ前の山本くんはイビキをかいてるぞ? 気付いてないないのか? 高橋先生は? 眠い。寝たい。 寝れる。この薄い警備網ならば、確実に寝れる! 眠い。寝たい。 イヤ、しかし、テストも近いしなぁ…。 一応オレ、進学希望者だし…。 眠い。寝たい。 でも、授業内容はよくわからないしなぁ…。 あとで学年トップの望月くんからノートを借りればいいか…。 眠い。寝たい。 いやいや、万が一、ということもあるし…。 リスキーなギャンブルをするワケには…。 眠い。寝たい。 恐れるな、オレ。いつの時代であっても勇者は尊敬され、優遇される存在だ。 勇気を出すんだ祐輝。チャンスを己が手で掴み取れ! 眠い。寝たい。 ……。なんかダジャレみたいに聞こえるな…。 「勇気を出せ祐輝」って…。 眠い。寝たい。 しかし、どうして古典の授業はこんなに眠いのだろうか? 古典の教師はみんな、催眠術が使えるのだろうか? 眠い。寝たい。 あ、隣の遠藤さんもついに寝ちゃった。 古語辞典をマクラにしてる。寝る気マンマンだな、遠藤さん。 眠い。寝たい。 お、山本くんが「う〜ん、もう食べられないよぉ…」って寝言を言ってる。 それでも気がつかないのか? この先生は? 山本くんの隣の席の矢島さんは、笑いを堪えて肩を震わせてるっていうのに…。 眠い。寝たい。 この高橋先生もアレか? 「先生にデモなるか、先生にシカなれない」という「デモシカ教師」なのか? 眠い。寝たい。 まぁ、最近の学生は生意気で、シャレになんないことをするヤツもいるそうですからね。 「事勿れ主義」になっちゃう気持ちはわかりますよ。 しかし、教育者がそれで良いのでしょうか? 日本の将来を担う私達、若者を先生達がしっかり指導しなければ、 日本の将来はどうなってしまうのでしょうか? 過去の過ちを繰り返さないようにする為に、先人達の知恵を子孫に残すことが、 教育なのではないでしょうか? 眠い。寝たい。 ……。本格的に眠くなってきた…。 中途半端な知識で教育論なんか論じるんじゃなかった…。 眠い。寝たい。 このままでは本当に眠ってしまう…。 なにか良い方法はないだろうか? 眠い。寝たい。 そうだ、逆催眠だ。先生が催眠術を使っているのならば、 こちらも眠らないように催眠術をかければいい。 こうやって5円玉に糸を括り付けて、振り子のように動かして、 貴方はだんだん眠くなくなーる…。貴方はだんだん…眠くなくなーる…。 貴方は…だんだん…眠く…なーる…。 ぐぅ…。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「お兄ちゃん! ねぇ、お兄ちゃん!」 遠くの方で、オレを呼ぶ声がする。 「お兄ちゃん、そろそろ起きてよ! ねぇ、お兄ちゃんったらっ!」 オレのことをお兄ちゃんなんて呼ぶヤツは、アイツしかいない。 この声の主は、きっとともみだ。 「…ともみ?」 「わ、わわわ! びっくりっ!」 目を覚ましたら目の前にともみの顔があった。 オレが声をかけたら、ともみは顔を真っ赤にして、 胸の辺りに両手をあてて驚いた。 まったく、大袈裟なヤツだなぁ。 「ん…。もう1時間目が終わったのか?」 「もう、寝ぼけちゃって! 1時間目なんて、とっくの昔に終わっちゃったよ!」 「え? じゃあ、今は何時間目なんだ?」 「もう放課後だよ」 「なに? 放課後!?」 意外な事実に驚愕したオレは、勢いよくガバッと身を起こし、辺りを見回した。 教室の窓からは夕焼けのオレンジ色が射し込み、 グラウンドからは部活動をやっている生徒達の声や、 陸上部のスターターのピストル音が聞こえ、 教室内にはオレとともみの2人しか生徒が残っていなかった。 「おいおい…、ウソだろ? どうなってんだよ、この学校は…。 『事勿れ主義』にしても程ってもんがあるだろ? 程ってもんが…。 普通、1時間目からずっと寝ている生徒がいたら、 教師か友達が起こすもんだろう?」 オレは誰に言うワケでもなく、今自分が置かれている境遇に対して愚痴った。 勝手に寝てたオレが言うのもアレなんだが、 せめて「てっちん」には起こしてもらいたかった…。 てっちんとは親友だと思っていただけにショックが大きい。 「1時間目からずっと寝ていたっていうことは…、 わ、スゴイ! 約8時間も学校で寝てたことになるよー。 ちょっとしたギネスだね? お兄ちゃん!」 「バカ、よろこぶヤツがあるか! 丸1日授業を受けられなかったんだぞ! いったい今日は何の為に学校に来たんだか…」 そう言ってオレは、ともみの頭をチョップする。 「はぅ…、私の所為じゃないのにぃ〜」 「半分はお前の所為だ!」 「ふぇ?」 ともみは両手で頭を押えながら、何のことだか解らないという顔をしているが、 オレは無視して帰り支度をした。 「ところでともみ、お前なんでコッチの校舎にいるんだ? 確か中等部の学生は、コッチの校舎に入れなかっただろう?」 オレは学校指定の鞄に教科書や文具を詰め込みながら、ともみに聞いた。 それほど厳しい校則がある学校ではないが、一応中等部の学生は、 みだりに高等部の校舎に入ってはいけないことになっている。 理由は明確で、中等部の生徒は高等部の生徒ではないからだそうだ。 つまり、中等部の生徒は中等部の施設を利用することは許可されているが、 高等部の施設を利用する許可はされていないという理屈だ。 よって校舎内への進入すら許可されていない。 まったく、学校っていう施設はすぐに規則規則って言うからな。 ここは刑務所かっつーの! 息苦しくて仕方がない。 「私が校門の前でお兄ちゃんを待ってたら、芝原先輩が中に入れてくれたんだよ」 「てっちんが?」 「うん、お兄ちゃんが『眠り王子』になってるから起こしてあげてって」 「眠り王子?」 「うん、お兄ちゃんは男だから『眠り姫』じゃなくて『眠り王子』」 「あのバカ、なにが『眠り王子』だっつーの! そんなことをともみに言う暇があったら、 テメェでオレを起こせってんだ!」 わざわざともみにオレを起させる理由はよく解らなかったが、 一応、寝ているオレを気にかけていてくれたことが解って、少し安心した。 「ううん、最初、芝原先輩はお兄ちゃんのことを『三年寝太郎』って言ってたんだけど、 それじゃあお兄ちゃんが可哀想だと思って、私が『眠り王子』に改名したんだよ」 ともみはまた「えっへん!」と誇らしげに胸を張る。 「そんなモンどっちでもいいよ。どっちみち恥ずかしい名前なんだから…」 「え? お兄ちゃんは『三年寝太郎』の方がよかったの?」 「別にそういうワケじゃないけど…」 「だったら絶対、『眠り王子』の方が良いよ! なんていったって、王子様だよ? 寝太郎は橋の上で寝てて、村人から邪魔者あつかいされちゃうけど、 眠り王子は白馬に乗ったお姫様のキスで目を覚ますんだよ?」 まぁ、『眠り王子』は『眠り姫』の男バージョンだから、そういう話になるんだろうな…。 「ところでその『白馬に乗ったお姫様』っていうのは誰のことを指してるんだ?」 「もちろん私だよっ」 ともみはニコニコしながら自分を指差してそう言った。 オレはもう一度、ともみの頭をチョップする。 「きゃううぅ…、酷いよぉ…」 「そんな情けない声を出すお姫様が何処にいるんだよ? このヴォケが!」 「それを言うなら、お姫様にチョップする王子様なんて、何処にもいないよぉ!」 ともみは両手で頭を押さえながら、涙目でオレを抗議した。 オレはそんなともみの素直な反応を見るのが楽しくて、 ハハハと笑いながら、もう一発チョップをお見舞いした。 すると、ともみにも学習能力があったのか、 真剣白刃取りの要領でガッチリと、オレの右手を両手で受け止めた。 「ふっふっふっ、二度も同じ手は通用しないよ、お兄ちゃん!」 フフフとニヒルな笑みをうかべるともみに対して、 無性に腹が立ったオレは、反対側の左手でともみの額をデコピンしてやった。 「きゃうぅ! 奇襲攻撃なんてヒキョウだよぉ!」 「はっはっはっ、奇襲なんて戦場では日常茶飯事だぞ?」 「ここは戦場じゃないもん!」 怒ったともみは両手でオレの右肩を、ポカポカ殴ってきたので、 オレはともみの頭をボカボカ殴り返した。 「きゃううぅ! 女の子を殴るなんて、 『どめすてぃっくばいおれんす』だよぉ…」 「オレはフェミニストだから男女平等なんだよ。 女だろうが男だろうが、殴られたら同じ強さで殴り返す! 目には目を歯には歯を、だ!」 そう言いながらオレはシュッ、シュッと、ボクサーのようにジャブを繰り出す。 「そんなの全然フェミニストじゃないよぉ…」 またともみは両手で頭を押えながら、涙目でオレを抗議する。 「さて、日もだんだん沈んで来たから、バカなことばかりやってないで、 そろそろ帰るぞ。ともみ」 「う、うん…」 教室の窓から入る夕日が、教室内とオレ達を赤褐色に照らし、 もの悲しい雰囲気になった教室で、ともみが力なく頷いた。 「ん? どうした? さっきのデコピン、ちょっと痛かったか?」 「ううん、そうじゃないの…」 さっきまでの元気は何処へ行ってしまったのか…。 いつも元気だったともみが、今は気力が無くなったように見える。 疲れてるっていうワケでもなさそうなんだけど、 今のともみはどこか遠くの世界を見ているような、 焦点の定まっていない、とろんとした目で、生気が感じられなかった。 「? 具合が悪いのか? お前は昔から身体が弱いんだから、あまり無茶するなよ?」 「うん…、心配してくれてありがと、お兄ちゃん…。でもホントに大丈夫だよ」 ともみは精一杯の笑顔を作ってそう言った。 「そうか? なら良いけどな…」 オレは一抹の不安を感じながらそう言った。 何故ならばコイツはオレに心配をかけまいとして、 痩せ我慢をしていることが多いからだ。コイツはいつだってそうだった。 ともみは子供の頃、40℃を超える高熱が3日間続く、酷い風邪をひいたのだが、 その風邪をひき始めた時も「大丈夫、大丈夫」と言って、自分の病気を隠そうとしていた。 まぁ、その時はオレと伯母さんがタッグを組んで、 無理やり看病したから事無きを得たのだが、もう少し発見が遅れていたら、 ともみは肺炎で死んでいたかもしれない。 他人に迷惑をかけないのは良いことなのだが、己の力が及ばず、 オーバーワークに陥り、事態を更に悪化させてしまうことだってある。 ともみはそのことに気付いているのだろうか? しかし、本人が大丈夫と言っているのだから、これ以上問い詰めるのは難しい。 どうせまた、「大丈夫」とか言うに決まっている。 そう判断したオレは、何も言わずにともみと一緒に教室を出て、家路へと急いだ。 ・ ・ ・ つづく ---- あとがき --------------------------------------------- 約一ヶ月ぶりに『兄妹の距離』をアップしたヘタレライターのATFです。(汗) 今回もなかなか納得がいかなくて、5回くらい書き直したのですが、この程度です。(汗) まだまだ始まったばかりの『兄妹の距離』ですが、見捨てないでください…。(汗) |
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文章:ATF (2002年5月18日) |