そろそろ夕暮れ時も終わりを迎える頃。ネギはあやかの部屋で、お茶とお菓子を楽しみながら談笑していた。明日菜との一件で弱っていたネギの心には、常に優しくネギを見つめるあやかの瞳は安らぎを与えてくれた。時折その瞳の奥に妖しい光が灯り、背筋がゾクリとする事はあったが。
 一方あやかはと言えば、誰の邪魔も入らずネギと二人で語らうという夢のようなこの時間を満喫し、天にも昇るような心地だった。自宅ともなれば姦しい3−Aの生徒達の邪魔が入る事もなく、何よりいつも最大の障害となる明日菜がこの場にいないのだ。これほど長くネギを独占できたのは初めてかもしれない。
 ただ、あやか自身はあまり認めたくはないものの、気をつけてはいても二人にとって近しい存在である明日菜の話題が不意に上ってしまう事がある。そんな時、ネギが一瞬瞳を曇らせ口ごもってしまうのだ。すぐに笑顔を見せ別の話題を振るネギだが、そんなネギの様子にあやかは締め付けられるような想いがした。
 楽しいティーブレイクを終え、あやかはテーブルからゆったりとした大き目のソファに席を移す。よりネギの近くにいたい、という想いももちろんあったが、ここから先の話は二人の位置が近い方が良いだろうという判断からだった。あやかの手招きにネギも素直に応じ、隣にチョコンと腰を下ろす。その仕草を見ただけで今すぐ押し倒してしまいたい衝動に駆られたが、そこはグッと押さえ込む。そっと部屋のドアに視線をやれば、丁度メイドが一礼して部屋を出てゆく所であった。二人のソファまでの移動というわずかな間にティーセット一式を片付け終え、空気を読んで席を外す。さすがは雪広家のメイドである。 メイドが部屋を出ると、カチャリと小さく音がする。外から鍵をかけたのだ。だがネギは全く気付くことなく、お茶を飲んでいた時とはうってかわって俯きながらそわそわと落ち着かない様子。あやかはそんなネギの手に、そっと右手を重ねた。
「ネギ先生、メイド達は下がらせました。これで私達、二人きりですわ。何の遠慮もいりません」
「いいんちょさん……」
「何があったか、お話いただけますか」
「は、はい……」
 ネギはわずかに顔を上げ口を開きかけ、だが結局口に出せず、真っ赤になって俯き口を紡ぐ。そんな煮え切らない態度を何度も繰り返すネギを、咎める事も急かす事もなく、ただあやかは優しくネギの手を握り、その時を待つ。
 何度目かの逡巡の後、ネギは意を決したように顔を上げ、あやかの手を強く握り返してその顔をまっすぐ見つめた。
「いいんちょさんっ」
「は、はい」
 勘違いすまいとは思っていても、その愛らしい面差しでまっすぐ見つめられると、あやかの心は薔薇色に染まる。ネギは目をギュッと瞑り、溜まっていた物を押し出すようにあやかに言葉をぶつけた。
「ボク……ボクッ。オチンチンが、大きくなっちゃうんですっ」
「………………へ?」
 上品な愛らしい少年の口から零れ出た予想外の言葉に、思わず呆然とするあやか。その様子を拒絶と勘違いしたか、ネギはぶわっと瞳から涙を溢れさせ、弾かれるように立ち上がった。
「う、うわあぁぁんっ。ご、ごめんなさいぃっ」
「ネ、ネギ先生っ?」
 驚くあやかを尻目に、ネギは泣きながら駆け出し部屋を出て行こうとする。だが、外から鍵をかけてあったのが功を奏した。混乱しているネギは鍵を開けることまで頭が回らず、ただ力任せにドアノブを何度もガチャガチャと引っ張る。
「お、落ち着いてください、ネギ先生」
「でも、ボク、ボクッ」
 いつも落ち着いている大人びた少年が年相応に取り乱す姿に愛しさを感じ、あやかはネギを背後からギュッと抱きすくめた。
「ごめんなさい。ちょっと驚いてしまいましたわ。でも、ネギ先生も男の子ですものね」
「い、いいんちょさん……」
 あやかの柔らかな胸に抱かれ、甘い香りに包まれて、ネギの心は徐々に落ち着きを取り戻す。
「お話の続き、お聞かせ願えますか」
「は、はい」
 柔らかく微笑み、ネギの手を優しくとって再びソファへ導くあやか。ネギは、心に抱えていた錘がスッと軽くなったような気がした。

 あやかはネギを傷つけないよう表面上は落ち着いた表情を浮かべながらも、内心では激しく動揺していた。まだまだ少年だと思っていたネギが、知らぬ間に一人前の男性へと近づいていたのである。
「いつの間にか、大きくなっているんです。それで、今朝もアスナさんのベッドに、その、一緒に寝ていたんですけど……寝てる間に大きくなっちゃったらしくて、アスナさん怒っちゃって」
「まあ……そうなんですの……」
(くうぅっ、アスナさん、ネギ先生と一緒のベッドに寝て、あまつさえネギ先生のオチンチンが……なんて羨ましいっ)
 あまりに羨ましすぎるシチュエーションに、あやかは心の中で地団太を踏む。
「ボクだって、大きくしたいわけじゃないのに……でも、勝手になっちゃうし……アスナさん、話も聞いてくれないし、ボク、もうどうしたら……うう……グス……」
 ネギは俯き、ポタポタと涙を零す。ただでさえ自分の体の変化に戸惑っているのに、それが原因で姉のように慕っている少女に邪険にされ、すっかり参ってしまっているのだろう。
「まったく。仕方のない人ですわね、アスナさんは」
 あやかはネギの頭にそっと手を置き、自分の体にもたれ掛けさせる。
「ネギ先生。男の人がそのようになってしまうのは、むしろ自然な事なのです。ですから、気にする事はありませんわ。むしろ、ネギ先生が大人に近づいた証。喜ばしい事ですわ」
「でも……」
「アスナさんは、まだおこちゃまなんですわ。そんな事もおわかりにならないなんて。いえ、わかってはいても恥ずかしがっているだけなのでしょうね」
 あやかの柔らかな胸に頭を預け、優しい言葉に耳を傾けていると、次第に心が安らぎ落ち着きを取り戻し始める。
「ネギ先生。それは男性の摂理のようなものなのです。お気になさらず、堂々としていらっしゃって構わないのですよ」
「それは、カモく……僕の友達にも言われたんですけど、でも、アスナさんがあんなに怒るって事は、やっぱりいけない事なんじゃないかと思って」
「お優しいんですのね、ネギ先生は。アスナさんの事なんてお気になさらなくてよろしいのに。わかりました。アスナさんには私から上手く話しておきますから。ご安心下さい」
「ほ、本当ですか、いいんちょさんっ」
 ネギがパァッと明るい表情を浮かべ、あやかの顔を見上げる。間近に迫ったネギの顔に胸をキュンと高鳴らせながら、あやかも微笑みを返した。
「ええ。頑固者ですけれど、話せば分かる人ですから。私にお任せ下さい」
「いいんちょさん、ありがとうございますっ」
 喜びのあまり、あやかの胸に抱きつくネギ。
(ハアァッ、ネ、ネギ先生が私の胸にっ。今日は人生最良の日ですわっ)
 あやかは思わず右手でガッツポーズを作り、神に感謝した。胸中では紙吹雪が舞い、天使が飛び回りながら祝福のファンファーレを吹き鳴らす。
 しばらくあやかに抱きついていたネギだが、突然弾かれたようにあやかの側を離れた。
「どうしましたの、ネギ先生」
「い、いえ。なんでもないです」
 顔を真っ赤にし俯いているネギ。両手は膝の上、というよりも股間の上に重ねるように置かれている。まるでその下の何かを隠すように。
(もしや、ネギ先生)
 あやかはネギとの位置を詰めるため、10cmほどお尻の位置をずらす。すると、ネギも同じだけ離れる。もう一度近づけば、やはり同じだけ離れてしまう。
(ああっ、ネギ先生。本当に、私を意識してくださっているのですね)
 ネギが自分を女として意識している。その悦びと興奮に、思わずクラクラと天を仰ぐあやか。このシチュエーションにいつまでも酔っていたかったが、控え目なネギの事である、このままの状況が続けばすぐにも立ち上がり、部屋を後にしようとするであろう。
 あやかは思い切って、両手を伸ばしネギを再び抱きすくめる。それは今まさにネギが腰を上げようとした瞬間と重なり、おもいのほか勢いよくネギの体はあやかの胸に飛び込んだ。
「い、いいんちょさん。僕、あの」
 帰ります。その言葉を口にさせないように、あやかは言葉を重ねる。
「ネギ先生。男性の、……オチンチンが、どうして大きくなってしまうのか知っていらっしゃいますか」
「えっ。それは、あの……よくわからないです」
 あやかの胸に顔を埋めるネギの髪を左手で優しく梳きながら、右手で少しでも離れようとする腰を押さえつける。
「大きくなったオチンチンからは、精液という赤ちゃんを作るための白い液体が出るんです。女性の事を思ったり、女性に近づいたりした時に、オチンチンが大きくなったんじゃありませんか」
「は、はい。そんな気がします。それに、赤ちゃんの話も、どこかで聞いたような」
 ネギは真っ赤になりながら、あやかの胸の谷間でモゴモゴと答える。両手はあやかに悟られないようにと股間を隠していたが、その格好がかえって不自然である事に気付く余裕はないようだ。
「私も詳しく知っているわけではないのですけれど、その精液は定期的に吐き出さないと、体にも精神的にも良くないそうですの。ネギ先生も、オチンチンが大きくなり始めてから、動悸が激しくなったり落ち着かなくなったりしませんでしたか」
「そ、そう言われると、確かにそんな気も」
 あやかの話に真摯に耳を傾けるネギ。知らずあやかはゴクリと唾を飲み込む。これからしようとしている事を明日菜が知ったら、どんな反応を示すだろうか。
(いけないのはアスナさんの方ですわ。ネギ先生がこんなに思い悩んでいるというのに放っておくなんて。ですから、私が)
 ギャーギャーと騒ぐ明日菜の姿を頭の中から振り払い、あやかは左手をネギの両手の上に重ねる。
「い、いいんちょさん。あのっ」
「ネギ先生はお優しすぎますわ。今も私に遠慮して、このまま帰ろうとなさっているのでしょう。でも、それでは何も解決しませんわ。再び毎日悶々とした日々を重ねる事になってしまいます。そんなネギ先生を見ているのは私も辛いのです。ですから……」
 あやかはネギの手の上から、その下にあるモノを意識して左手でゆっくりと撫で回す。
「んんっ、い、いいんちょさんっ」
「私に、ネギ先生のお手伝いをさせてください。どうすればオチンチンを小さく出来るのか、私も多少ではありますが知っていますから」
 左手の動きは休めぬまま、ネギの耳に唇を近づけて囁くように誘うあやか。ネギの理性は、あやかの甘い体臭と柔らかな胸の感触、そして滑らかなシルクの布地に包まれた手で肌を撫で回される感触に、ポロポロと崩れてゆく。頭と股間に全身の血液が集まっていくようで、訳がわからなくなる。
「いいんちょさん、ボク、ボクッ」
「お気遣い無用ですわ。私がネギ先生の為にして差し上げられる事はこのくらいですもの。よろしいでしょう」
 花の様に微笑むあやか。その微笑みに、思わずネギは吸い込まれそうになる。あやかの言う事ももっともだ。こんな状態のまま、この先明日菜とうまくやっていく自信がないのも確かである。元々自分自身では解決の糸口も見つからないために、あやかを頼ったのだ。ならば、このまま身を任せても良いのではないか……。
 抗う気力も、抗う理由すらも失せていき、ネギはコクンと首を縦に振り、潤んだ瞳をあやかに向ける。少女のように胸の中でフルフルと震えるネギの姿に言い知れぬ興奮を覚え、あやかの唇は誘われるようにネギの頬にそっと重ねられた。

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