「ハカセッ! アンタ、いったいどういうつもりよっ!」
 バンッ!
「ヒッ……」
 明日菜が思い切りテーブルを叩きつけると、そのあまりの剣幕にハカセは縮み上がった。
 ここは学園長室。今回の騒動の関係者である、明日菜・木乃香・刹那・カモ、そしてハカセにエヴァと、木乃香の祖父でもある学園長が一同に集まっていた。当事者であるネギと茶々丸は保健室のベッドに寝かされている。
「ど、どういうつもりと言われてもー」
「しらばっくれようったってそうはいかないわよ! ここに証拠があるんだから!」
 明日菜はポケットから取り出した単語帳をハカセの目の前に突きつける。
「あ、そ、それはー」
「これ、アンタが書いたんでしょ。何よこの指令って! 何考えてこんなことするのよ!」
 明日菜の勢いに気圧されながらも、ハカセはなんとか説明を試みる。
「そ、それはですねー。茶々丸が今のボディを気に入らないらしくて、すぐに戻せって言うので。せっかく作ったボディだし、元に戻す前に取れるデータは取っておきたいなーって」
「そんなくだらない理由!?」
 己の研究をくだらないの一言で片付けられ、さしものハカセもプライドを傷つけられたのか反論する。
「く、くだらないとはなんですかー。これも科学の発展に必要な」
「十歳のガキんちょ巻き込まなきゃ発展しないような科学なんて、なくたっていいわよ! それにアンタ、茶々丸さんの事何だと思ってんのよ!」
「それはもちろん、私の最高傑作でー、今後の研究の為の大切な」
 その答えに、明日菜は完全にブチ切れた。
「アンタ、それ以上言うと本気でブッ飛ばすわよっ!」
「ひゃああーっ」
 瞬間的に本気で振りかぶった明日菜の拳だが、小さな手に掴まれて勢いを失う。
「少しは落ち着け、神楽坂明日菜。オマエがそんなに怒鳴り散らしたところで話は進まん」
「エヴァちゃん……」
「それとも何か? ぼーやの初めてを茶々丸に奪われそうになって、嫉妬してるのか?」
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるエヴァに、明日菜の怒りの導火線に再び火がついた。
「ふざけるなーっ!」
 ボガァッ!
「ぷろっ!」
 矛先の変わった明日菜の拳は、エヴァが咄嗟に張った魔法障壁を軽々と突き破ってエヴァの頬にメリこんだ。
「うぐっ、き、貴様……また真祖の魔法障壁をデタラメに破りおって……」
 うっすら涙を浮かべながら、ジンジンと痛む頬を手で押さえるエヴァ。
「アンタも茶々丸さんのマスターなら、少しは茶々丸さんの事考えてあげなさいよっ! そりゃ茶々丸さんは人間じゃないかも知れないけど、アタシの大事な友達だしっ。アンタ達だって、そうなんじゃないのっ。なのにこんな、物みたいに訳の分からない命令に従わされて、そんなの……茶々丸さんが、かわいそうじゃないっ!」
 明日菜は感情を爆発させて叫ぶと、俯いて拳を握り締めた。瞳からはいつのまにか涙が滝のように溢れ出ている。訪れる静寂。それを破ったのは、意外にもここまでずっと黙って成り行きを見守っていた木乃香だった。
「……アスナ。それは違うと思うえ」
「こ、このか、アンタまでっ」
「あ、アスナさん落ち着いてっ」
 思わず木乃香に掴みかかろうとする明日菜を、慌てて刹那が制する。
「あ、そういう意味とちゃうえ。ただ、アスナこそちょっと茶々丸さんの事わかってへんのとちゃうかなって」
「ど、どういう意味っ」
 いきりたつ明日菜に、木乃香はいつものマイペースな口調で柔らかく語りかける。
「茶々丸さんやってな、ホンマにイヤなことやったらイヤって言うと思うえ」
「あ……」
 木乃香の一言に、明日菜の握っていた拳からゆっくりと力が抜ける。
「茶々丸さん、人間とちゃうけど、いつもけっこう自分で考えて行動してると思うんよ。せやから、いくらハカセちゃんがムリな命令したって、ホンマにイヤやったら絶対従えへんと思う」
「じゃ、じゃあ……なんでこんなこと……」
「ウチ思うんやけど……茶々丸さん、ネギ君とやったらええって思ったんちゃうかな」
 木乃香がはにかみながら言う。
「え………………ええーーーーーっ!?」
 明日菜が驚きのあまり大声を上げる。だが、同じように驚きを見せたのは刹那だけだった。
「オマエ……まったく気づいてなかったのか」
 エヴァが呆れたように呟く。
「えっ、だってそんな、茶々丸さんがネギのこと……ええっ?」
「ほ、本当なのですか、お嬢様」
「ん〜、ウチも別に確信あるわけでもないんやけど……ただ、そういうことするんやったら、やっぱりそうなんやろうなって思うんよ」
 木乃香の一言があまりに予想外だったのか、明日菜はすでに刹那が抑える必要もないほど呆然としていた。
「……だ、だって、アイツまだ十歳のガキよ? それなのに、そんな……」
「別にええやん、ネギ君かわええし。好きって気持ちに年とか性別とか関係ないと思うえ。なあ、せっちゃん」
「えっ……せ、性別、ですか……」
 木乃香の何気ない言葉に、明日菜とは別の理由で動揺を見せる刹那。
「茶々丸さん、なんでかわからんけど明日には前の体に戻らんとダメなんやろ。ほなら最後に好きな人に見てほしいっていう気持ち、わかるけどなぁウチ」
「だ、だからって、そんな……こんなこと……」
 すっかり最初の勢いを失ってしまったが、それでも納得できずにブツブツ呟く明日菜。
「そりゃハカセちゃんが焚きつけたんも大きいやろけど。……ホンマはハカセちゃん、茶々丸さんの気持ち知っとったんちゃう?」
「あははー。それに関してはノーコメントです。茶々丸との約束ですからー」
「………………」
 一人憤っていたことがなんだか無性に恥ずかしくなり、明日菜は右手で顔を隠すように押さえた。
「……話はまとまったかの」
 ここまで口を開かなかった学園長が、場の空気が落ち着いたのを見て口を開く。
「ま、各々の言い分もわかるが、十歳の少年で教員でもあるネギ君を巻き込むにはいささか過ぎた内容だったのは確かじゃからの。葉加瀬聡美、ペナルティとして明日から一週間、研究室に出入り禁止じゃ」
「えうっ、そ、そんなー。それだけは許してくださーい」
「ダメじゃ。ペナルティじゃからの」
「うう〜。ひどいです〜」
 ハカセはガックリと両肩を落としてうなだれる。どうやらハカセには一番堪えるペナルティだったようだ。
「あ、そういえば」
 ふと何かを思い出したように、ハカセが顔を上げる。
「今回のデータとりに、学園長が薬学部に依頼していた新薬も使わせてもらいましたからー」
「おじいちゃんの薬? おじいちゃんどっか体悪いん?」
 不安気に首を傾げる木乃香にハカセが首を振って答える。
「いえ〜。そうじゃなくて、むしろ元気そのものというか。学園長が依頼されていたのは、5歳から150歳までたちまちゲンキになるという」
「葉加瀬くん! ペナルティ、一週間は厳しすぎたかの。3日にしておこう」
「え、本当ですかー。ありがとうございますー」
「なんや、おじいちゃん怪しいな〜」
「フォッフォッフォッ」
 木乃香の訝しげな視線を笑いで受け流す学園長であった。
「で、アスナちゃん。今夜の事は、ネギ君には儂が記憶を消す魔法をかけておくから、それで収めてはくれんかの」
「えっ。記憶を消すんですか?」
「さすがにネギ君にはまだ早いかと思ってのう。ダメかの?」
「それなら、私の方で茶々丸のメモリーも削除しておきますー」
「う〜ん……」
 学園長の提案に、腕を組んで考え込む明日菜。
「え〜、記憶消してまうん? なんかかわいそうやな〜」
「ですが、今日の事は無かった事にした方が、私も良いと思います。たしかにネギ先生にはまだ早いと思いますし」
「そうだな。オイラもその方が良いと思うぜ。下手に覚えてたりしたら、アニキの事だ、かなり落ち込むだろうしな」
「私としても茶々丸が使い物にならなくなっては困るからな。元に戻してくれた方がありがたい」
 明日菜は考えた末、学園長の判断に従うことにした。
「じゃ、学園長。ネギのこと、おねがいします」
「うむ」
「ハカセも……ゴメン。私、少し言い過ぎたかもしれない。茶々丸さんの事、よろしくね」
「はいー。私も少しやりすぎたかなと思いますからー」
 生徒が皆部屋を後にすると、学園長もゆっくりと腰を上げる。
「さてと、では、やるとするかの。……しかし、何と言っても相手はネギ君じゃからのう。魔法抵抗力の高さが裏目に出なければ良いんじゃが」


 翌日。
 夜遅くに明日菜と木乃香の住む寮の部屋に送り届けられたネギだが、そのまま朝まで眠りつづけ、登校する頃にはすっかり普段と変わらぬ様子であった。
「ネギ君、おっはよー」
「あ、おはようございます、桜子さん」
 いつものように、登校中の生徒達と挨拶を交わしながら明日菜、木乃香と並んで通学路を駆け抜けてゆく。
「あ、エヴァンジェリンさん、茶々丸さん、おはようございますー」
 同様に登校中のエヴァと茶々丸が目に入り、ネギが声をかける。茶々丸のボディは以前の若干機械的なフォルム。エヴァが軽く鼻を鳴らし、茶々丸がペコリと頭を下げる。いつもと同じ光景。だが、頭を上げた茶々丸とネギの視線が重なったその瞬間。
「えっ!?」
「あっ」
 二人の脳裏に、月光に照らされながら半裸で絡み合うお互いの姿がフラッシュバックする。
「わ、わわっ、なに、今の」
「……マスター。私、先に学園に向かわせていただきます」
 もう一度ペコリと頭を下げてから、茶々丸は頭から湯気を出しながらズンズンと歩いて行ってしまう。
「こ、こら、茶々丸! マスターである私を置いていくなっ!」
 その後を慌ててエヴァも追いかけていった。
「ちょっとネギ。アンタまさか、昨日のこと覚えてるの?」
「? 昨日のことってなんですか?」
 明日菜の問いに首を傾げるネギ。
「え? アンタ、だって今」
「あ、今はその、頭の中に急にその、浮かんできて……」
「浮かんできたって?」
「ええと、その……ちょっと……エッチな……あわわ、なんでもないですー」
「あ、こらネギ!」
 ネギはしどろもどろになり、途中で説明を放棄して走って行ってしまった。
「おはよーございますー」
 小さくなっていくネギの背中を唖然として見送る二人に、眠そうな朝の挨拶がかけられた。
「あ、ハカセ。おはよー」
「ハカセちゃん、なんやか眠そうやな〜」
「昨日は茶々丸のボディの再換装で徹夜だったんですー。でも、今日から3日間は研究室が使えないので、放課後は久々にゆっくり寝ようかなー」
 二人の間延びした会話を聞いていると眠気まで伝播しそうで、明日菜は早々に疑問をぶつけることにした。
「ねえハカセ。茶々丸さんの記憶って消したんじゃなかったの? なんかネギの顔を見てから様子が変だったし。ネギもネギでなんかぼんやりと覚えてるみたいなのよね」
「あ、それなんですけどー。何回削除しようとしてもデータが消えてくれなくて。私もこんなことは初めてですー。しょうがないからとりあえずそのデータだけ別に移して、開かないようにしてるんですけど」
「やっぱり茶々丸さん、昨日のこと忘れたくないんやね。な〜アスナ」
 にこやかに微笑む木乃香に、明日菜の頬も自然と緩む。
「ん……そうかもね」
 キーンコーンカーンコーン……
 その時、学園の方から予鈴が鳴り響くのが聴こえてきた。
「あ、ヤバッ。このままじゃ遅刻だわっ。ハカセもほら急いで」
「大丈夫ですよー。こんな時のために、私が開発したロケットブースターでー」
 どこにしまっていたのか、白衣の下から噴射口が二つついた銀色のメタリックな機械を背負い、右手に握ったボタンを押した。
 ボヒュンッ!
「わひゃ〜〜〜〜〜っっ!?」
 悲鳴を上げながら、ハカセはきりもみして学園の方角へ飛んでいってしまった。
「わー、ハカセちゃん飛んでってしもたー」
「もう、何やってんのよ。追うわよ、このかっ」
 ハカセを追いかけて、二人も学園に向かって走り出す。今日も麻帆良学園は賑やかになりそうだ。

(終わり)


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