「どうしたの茶々丸。こんな所に呼び出して」
 昼休み、茶々丸はハカセを屋上に呼び出していた。
「ハカセ……私の体を元に戻していただけませんか」
「えっ、どうして? 皆さんにも好評なのに」
「注目はされますが、好評かどうかは……」
 事実、午前中は常にクラスメート、あるいは別のクラスの生徒の視線までが全身に知覚されて、負荷がかかりすぎてオーバーヒートしてしまいそうな状態であった。良かったことといえば……。
「でもネギ先生には好評だったみたいですよ。すごくキレイって言ってたじゃないですか」
「あう……そ、それは……」
 そう、茶々丸にとって唯一良かった事と言えば、ネギに褒められたという事実だった。それゆえに、ハカセにこの話を切り出すのに迷いが生じたのも事実。
「ですが、この状態が続けば私は満足に活動できる保証はありません」
「う〜ん、そのうち慣れると思うんだけど……わかりました。茶々丸がそこまで言うのなら」
「ハカセ……」
 茶々丸は安堵感を覚えた。ただ、その瞬間心臓部にチクリと鈍い衝撃が走った。
「ただし」
「はっ?」
 この話はこれで終わったもの、と認識していた茶々丸は、ハカセがこの話を継続させようとするとは予測しておらず、間の抜けた声を漏らしてしまった。
「ここまでの結果ではデータとしてあまりにも情報不足。放課後、一気にデータとりをしてもらうからね」
「えっ、放課後、ですか」
「はい〜。ですから、ネギ先生に協力していただけるようにお願いしておいてください。エヴァさんには私の方から話しておきますから」
「ネギ先生に、協力を……」
 ふと、今朝の研究室での光景がメモリーから再生される。
「ハカセ。まさかとは思いますが……今朝のような、いわゆる恥ずかしい事象に対してののデータ検証なのでしょうか」
「あ、いや、あはは〜。そ〜んなことないと、思いますよ」
「……本当でしょうか」
「あはは、開発者を疑ってはいけませんよ茶々丸。そうそう、データ検証には3−Aの教室を使っていただくことになりますから、教室でネギ先生と待ち合わせしてね。あと、事前にこれを飲んでおいて」
 そういって手渡された小瓶にはピンク色の液体が入っていた。
「ハカセ、私に飲食機能はついておりませんが」
「大丈夫、今朝の換装で体内からの成分の摂取もできるようにしてあるから。そのうち味覚も感じられるようにしてあげるね」
「ハァ……」
 手の中の小瓶が気になって、茶々丸は思わずスキャンをかけてみた。特に異常は見られない。もっとも茶々丸の開発者であるハカセが茶々丸に危害を加えようとするなどありえない事なのだが。
「後、こっちはネギ先生に飲んでもらってね。では、私はエヴァさんのところに行ってきますので、放課後よろしくね、茶々丸」
「ハイ、ハカセ」
 もう一つ、薄い青色の液体の入った小瓶を茶々丸に手渡すと、背を向けて階段を下っていくハカセ。
その後姿を、茶々丸は黙って見つめていた。

「マスター、今日の放課後なのですが」
「ああ、ハカセから聞いたよ。用事があるんだろ。私は先に帰っているからな」
「はい。申し訳ありません」
 放課後、茶々丸が経緯を説明しようとすると、ハカセの言葉通りすでにエヴァには了解をとっていたようで、あっさりと了承された。
「なんでもぼーやも付き合うそうじゃないか。今日の修行は中止か。……明日は倍の課題を出してやる」
「ケケ、鬼ダナ御主人」
「マスター、あまりネギ先生に過酷な課題は……」
「冗談だ。壊れない程度にしておいてやるさ」
「はい。ありがとうございますマスター」
「なんでお前が礼を言うんだ? まあいい。じゃあな」
 チャチャゼロを肩に乗せたまま、エヴァが教室を後にする。データとりは生徒がほぼ帰宅した6時から始めるとの事。今日は茶々丸とエヴァの在籍している茶道部の活動は休みなので、まだ2時間ほど余裕がある。茶々丸は自分の席に座り、静かに目を閉じた。

「ただいまー。あれ? ネギは?」
 麻帆良学園女子寮の一室。新聞配達のアルバイトを終え帰宅した明日菜は、ルームメイトの木乃香に尋ねた。
「んー、なんか今日遅くなるって話やえ」
「ふーん」
 生返事をして、明日菜は疲れた体をソファの上に投げ出した。
「なんだい姐さん、ネギの兄貴のことが気になるのかい」
「べっつに〜」
 ネギの使い魔であるオコジョ妖精・カモが明日菜に話しかけてくるが、明日菜はソファの上で脱力したままぼーっと天井を見上げている。
「なんでも今日は茶々丸のデータとりとやらに付き合うらしいぜ。兄貴もマメだね〜」
「なに言ってんのよ。……茶々丸さんか」
 明日菜は何とはなしに、すっかり様変わりした茶々丸の姿を思い出していた。と言っても彼女が人間でないと気づいたのが最近になってからなので、単純にキレイになったくらいの認識の差でしかないが。
「いやあ、あのロボがあんなムチムチバイーンな体になるなんて、オイラも驚きだよ」
「せやな〜、うらやまし〜な〜」
 台所で洗い物を終えた木乃香が、濡れた手を拭きながらソファーへやってくる。
「このか、アンタまだそんな事言ってんの?」
「なんで〜、憧れへん? しずな先生より胸おっきかもしれへんえ」
「しずな先生より……」
 明日菜の脳裏に、一つの光景が浮かぶ。それは、しずな先生と、そして一緒に食事をしていた高畑先生の姿。明日菜は高畑先生にずっと憧れを抱いていた。
「しずな先生より胸おっきなったら、高畑先生振り向いてくれるんちゃうやろかー、とか思てへん? アスナ」
「お、思ってないわよっ!」
 図星を突かれ、思わずひるんでしまう明日菜。
「心配しなくても、オイラの見立てじゃ、姐さんもこのか姉さんもまだまだ成長すると思うぜ」
「ホンマ、カモくん?」
「なーにが『オイラの見立てじゃ』よ、エロガモ」
「そりゃないぜ姐さ〜ん」
 明日菜はソファの縁に頬杖をつき、窓の外に視線を移した。夕暮れ時は終わりに近づき、空一面に広がっていた紅のほとんどはすっかり黒に覆われてしまっていた。

 

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