それはどれほどの時間であっただろうか。ネギの唇と重なっていた茶々丸の唇が、すっと離れた。
「あ……」
 知らぬ間に息を止めていたネギが、それを合図に呼吸を再開する。茶々丸は、そんなネギの顔をただ黙って見つめている。
(……カモ君の仕業じゃなかったんだ)
 以前、カモがネギに従者を選ばせるため、様々な生徒とキスをさせようとしていたのを思い出す。その際、キスの後にはかならず仮契約用の魔方陣が発動していたが、今はそのような様子はない。
(そりゃそうだよね。茶々丸さんはエヴァンジェリンさんの従者だし、僕の従者になるなんてことは)
 そんな事を考えながらボーッとしていると、茶々丸は単語帳の次のページをめくっていた。
「『第二の指令 ネギ先生とディープキスをする』」
「………………え?」
 再び凍りつくネギを尻目に、茶々丸の目がギュピーンと光る。
「あ、いや、その……冗談、ですよね」
「いえ。ここにそう書いてあります」
 茶々丸が単語帳を指差すと、そこにはたしかに先ほどと同じ筆跡で茶々丸が言った通りの指令が書いてあった。
「ダ、ダメですよう、これ以上はっ……ぼ、僕たちは教師と生徒で、その、あう〜」
 ジタバタと暴れるネギの頬を、茶々丸が両手で優しく包み込む。
「ネギ先生……」
「あ、ダメ、です……僕、まだ10歳だし……フレンチキスだなんて、お姉ちゃんやアスナさんに、怒られちゃう……」
「ネギ先生は、平均的な10歳の少年と比べると、ずいぶんと大人だと思われます……」
「そ、そんなこと言われても、あうう……」
 茶々丸の瞳が再び閉じられ、唇が近づいてくる。
(うう……なんだか、抵抗しようっていう気がおきないよ……体もうまく、動かない……)
 結局さしたる抵抗もできないまま、ネギはまた茶々丸に唇を奪われてしまった。数秒間は、先ほどのキスと同じように、二人とも唇を重ね合わせただけだった。だが。
(『ディープキスモード、起動』)
 朝、ハカセがインストールしたと言っていたプログラムが、勝手に起動する。
「んんっ!?」
 茶々丸の唇が開かれ、赤い舌が覗いてネギの唇をテロリと舐め上げると、ネギは驚いて茶々丸から逃れようとする。が、ネギの頬に添えられていた茶々丸の両手に力がこもり、それを許さない。
 茶々丸の舌がヘビのようにくねり、ネギの薄い唇の上をあますところなく這い回り、その合わせ目から口内へと侵入しようとする。ネギはわけもわからず、得体の知れない恐怖に駆られて、目を固くつむって歯を食いしばり茶々丸の舌の進入を拒む。
「……失礼します、ネギ先生」
 茶々丸はネギの頬に添えていた右手を離すと、ネギの小さな鼻をキュッとつまんだ。
「むっ?」
 ネギは目を白黒させたが、それでもなんとか歯を食いしばり続ける。だが。
「………………ぷはっ」
 それも数十秒しか続かず、息苦しくなって大きく口を開く。そして、その隙を見逃す茶々丸ではなかった。
「はむっ」
「むっ、むむーーっ」
 茶々丸はネギの小さな唇を横咥えにし、舌を口内へ大きく差し込んだ。
「んはぁ……ジュロッ、チュブジュプッ……ベチョォッ……」
「むはっ……ひゃひゃまるひゃ、ひゃめっ……あぷっ、チュブチュバッ、んへあぁ……」
 茶々丸の舌はネギの口内を一周すると、歯をなぞり、歯茎をねぶりながら、奥へ奥へと侵入していく。
「はぶっ、ンジュプッ……ジュロジュロ、ブプチュッ、ズチュルルルッー」
「んひぃ……あむ、くむ……ムチュチュ、ジュププチュッ……ふぁぁ……」
 そして、怯えたように奥で縮こまっていたネギの舌を見つけると、舌先でチョンチョンとつついてから舌をからめて吸い上げた。
「ブチャッ、ベチョグチャッ、ピチュチュッ、ムチュルブチュッ、ジュブチュチュチュッ」
「ハブッ、クプチュッ……む〜っ、アムブッ、クププッ……チュブチョッ、グチョヌチョッ……」
 初めは目を白黒させながらジタバタとわずかながらも抵抗していたネギだが、そのうち酸素の回りが薄いせいもあってか抗うだけの余力も無くなり、両手を力なくダランと垂らして茶々丸のされるがままになっていた。
 ネギの体から強張りが取れると、荒々しかった茶々丸の舌の動きもネギをいたわるような優しい動きに切り替わる。右手をネギの頭の後ろ、左手を背中に回し、優しく撫でながら、己の舌をネギの舌と重ね合わせ、ネロネロと柔らかに擦り合わせる。
「ふむ……はむ、んくっ……ジュチョッ……チュピュッ……んふぅん……」
「んふぅぅ……はふっ……チュチュッ……チュピチョッ……あむ、はむぅん……」
 知らぬ間に、ネギの吐息も甘さを含んだしっとりとしたものに変わっていく。逃げ惑うだけだった舌も、すっかり茶々丸の舌を迎え入れ、いつしか積極的に絡みつき始める。
「チュムッ、プチュチュッ……チロチロ、テロ、ンベチョォッ……」
「あふぅ……チュピチュプッ……プチョチョッ、ジュルチュブブッ……」
 茶々丸の舌に導かれるように口内を出たネギの舌は、茶々丸の口内に迎え入れられ熱烈な歓迎を受ける。ネギもそれに応えるように、茶々丸の口内で舌をチュロチュロと躍らせた。
「プチュッ、チュチュッ……チュポンッ」
「んくっ、チュピュッ……んはぁっ……」
 二人が舌の表面を口外でくっつけあったところで、長いキスは一応の終わりを迎える。
「あ、あううう〜〜っ」
 力の抜けたネギは自分の体を支えることができずに、そのまま茶々丸の胸へ頭を預けるように倒れこんでしまった。
「ネ、ネギ先生……大丈夫ですか」
「ひゃい……なんらか僕、体に力が入らなくて……」
「……申し訳ございません、ネギ先生。こんな事に付き合わせてしまって……」
「茶々丸さんこそ……僕とこんな事して、良かったんですか」
 茶々丸は胸に埋まっているネギの頭を優しく撫でながら、微笑みを浮かべて答える。
「先ほどもお答えしたように……こうしてネギ先生とキスができて、私は嬉しく思っています」
(あ、また……)
 いつもは決して表に出さない茶々丸の感情プログラムが、勝手に口をついて出てきてしまうことに、茶々丸自身驚いていた。
(ハカセに渡された液体のせいでしょうか……)
 そしてネギもまた、いつもは表情をあまり変えない茶々丸が見せた笑顔にドキリとして、ポウッとその顔を見つめていた。
(うわぁ……茶々丸さんって、こんな表情するんだ……)
 重なり合った視線が気恥ずかしくなって、お互い視線をそらす。茶々丸は話題を変えるように、再び単語帳に目をやった。
「……では、次の指令を読み上げます」
「ええっ!? ま、まだあるんですか?」
「私にも指令がいくつまであるのかわかりませんが、二つで終わりということはないかと思われます」
 茶々丸の指が、単語帳のページを一枚めくる。
「『第三の指令 ネギ先生を愛撫する』」
「………………?」
 言葉の意味がわからず、キョトンとするネギ。
「え、えっと……茶々丸さん、これって……?」
「……失礼します、ネギ先生」
 茶々丸はネギの質問には答えず、ネギの背後に回ると、ネギのスーツのボタンに手をかけ始めた。
「えうっ、ちゃ、茶々丸さんっ。な、なんで服を脱がすんですかっ?」
「……服を脱いでいただかないと、愛撫しづらいと思われますので」
「そ、そんなっ! 愛撫っていったいなんなんですかっ」
「……言葉で説明するのは恥ずかしいので、実際に体験していただくのが早いかと思われます」
「い、いやっ、裸になる方が恥ずかしいですよ、茶々丸さっ、ムギュッ」
 再び暴れだしたネギの頭を胸の間に挟みこんで、茶々丸は器用にネギを脱がしてゆく。あっという間に、スーツ・Yシャツ・アンダーシャツまで脱がされ、ネギの上半身は裸にされてしまった。
「……終了です」
「あ、う……脱ぐのは上だけで良かったんですね。だったらそう言ってくれれば良かったのに」
 男であれば、上半身だけ裸になることはそれほど恥ずかしいことでもない。が、
「いえ、今はとりあえず上半身だけです。いずれ全て脱いでいただく事になるかと」
「い、今はって、そんな、んひゃうっ!?」
 ネギの質問が途中で途切れ、その背中が跳ね上がる。茶々丸の唇が、ネギの左耳に添えられていた。
「ちゃ、茶々丸さっ……そ、そんなところ舐めたら……はぅんっ」
「ネギ先生……んっ……ペチャッ、チロッ……」
 茶々丸の舌が、ネギの耳の輪郭をなぞる様にツツツ……と這い動く。右手はネギの右耳辺りに添えられ、左手は薄い胸板の上をサワサワと撫でさする。
「はむっ、んっ……クポッ、ヌチュッ……」
「あ、か、噛んじゃダメですっ……ひゃうぅっ……」
 耳たぶを甘噛みされ、耳の穴に舌が差し込まれると、くすぐったい様な不思議な感触を覚え、ネギは体を震わせながら女の子のようなかわいらしい悲鳴を上げる。
「ネギ先生……気持ち良いでしょうか」
「え? あ、その……んふっ……なんだか、くすぐったくて、変な感じです……」
「……そうですか」
 そう答えたことで茶々丸の動きが止まるかと思ったがそんなことはなく、唇は徐々に下っていき、頬を伝った後うなじに到達する。
「ネギ先生……昨晩はお風呂に入られませんでしたね?」
「あうっ、そ、それはそのっ……ごごご、ごめんなさいっ」
 ネギは頭を洗うのが苦手で、お風呂に入らないことが多かった。それでも、明日菜に見つかると無理やりにでもお風呂に引きずりこまれて頭を洗われてしまうのだが、幸い昨日は明日菜の目から逃れることに成功していた。
「ネギ先生の体臭に、若干刺激臭が含まれています」
「そ、それって、汗臭いって事ですよね……あんまり、近づかない方が、ひゃうんっ」
「……ですが、不快ではないです」
 茶々丸は構わず、ネギのうなじにキスの雨を降らせる。その後も茶々丸の唇と舌はネギの体を這い回り続け、背中、二の腕、指先、そして、再びネギの正面に回り、首筋、臍、そして乳首をもねぶりあげた。
「あはぁっ、茶々丸さん、もう、ゆるしてくださ、あひゃあぁんっっ?」
 茶々丸が指先でネギの右の乳首をくじりながら、左の乳首にコリコリと歯を立てると、ネギの体は電撃でも流れたかのように跳ね起き、そしてぐったりと茶々丸に向かって倒れこんだ。
 慌ててネギの体を受け止める茶々丸。と、茶々丸の太股にネギの股間が当たる。
(……これは)
 茶々丸は驚いてネギの顔を見るが、当のネギはと言えば茶々丸の胸の上で荒い息をついているだけ。
「……ネギ先生」
「ふえ……?」
 呆然として茶々丸の顔を見上げるネギを見ていると、茶々丸の主機関部がうるさいほどドキンドキンと音を立てる。
「次の指令に進みます」
「つ、次……ですか……」
 茶々丸の指が、単語帳のページを再び一枚めくる。
「『第四の指令 ネギ先生に、愛撫してもらう』」
「え……あの……」
 茶々丸は単語帳から目線を外すと、自らの制服のネクタイに手をかける。
「ネギ先生……よろしくお願いします」
 シュルリとネクタイが抜き取られ、床にハラリと落ちる。いつの間にか、夕暮れ時はとうに終わり、窓から微かに差し込む月光が茶々丸の横顔を淡く照らしていた。  

  前のページへ戻る  次のページへ進む  小説TOPへ戻る  TOPへ戻る