ガイト城。深海にある光も射さないこの暗い城は、なにか不可思議な力で満ちているようで、深海にありながらも地上と同じように空気に満ちた部屋がいくつもある。
 そして今私がいるこの部屋もまた、そのうちの一つ。私は陸にあがった人魚と同じ。プリンセスの威光も何の役にもたたず、何の力も持たないただの女にすぎなかった。
「さて、では始めましょうか」
 シェシェが一歩歩み寄る。私は思わず身をすくませ後ずさった。ヒレを引きずってはいずる姿は、己の立場を改めて浮き彫りにさせ、みじめになる。
 一歩一歩ゆっくり近寄ってくるシェシェと、ズリズリとのたくって後ずさる私。そんな絶望的な追いかけっこに終止符を打ったのは、いつのまにか背後に回っていたミミだった。
「つーかまえたっ。ダメじゃない逃げちゃ。ゲームが始められないじゃん」
 言いながら背後から私を抱きすくめる。後ろに気をとられている内に、私の眼前まで歩み寄っていたシェシェが顎を掴んで彼女の正面に顔を向けさせた。
「フフ、年の割にはずいぶん幼い顔立ちしてるのねぇ」
 品定めするように、改めて私の顔をジロジロと眺める。ガイト城に捕らわれ、あの筒の中に幽閉されてから、私の時の流れは止まってしまっていたようだった。
「ねえ、マーメイドってずいぶん発情しやすい体質なようだけど、アナタはどうなの?もう使用済みなのかしら」
「なっ!? なんて無礼な!」
 蔑みの言葉に顎にかけられた手を払いのけて睨み返すと、シェシェは「おお恐い」とおどけた。
「つまりアナタは手つかずの新品ってことね。これはラッキーね、シスターミミ」
「ホントだよね〜。でも、ガイト様も以外に淡白なんだ。こんな良いオモチャをほったらかしにしておくなんて」
「その分私達が楽しませてもらえるんだもの、感謝しなくてはね。フフフ」
「……貴方たち、私にいったい何をしようというの」
「フフ、薄々感づいているんじゃなくて?」
 シェシェはニタリと酷薄な笑みを浮かべ、私の顎をクイと上向かせた。
「まずはゲームの前の下準備をしなくてはね」
 シェシェは顔を寄せ、いきなり私の唇に吸いついてきた。
「むぐぅ?」
 遠慮会釈もなしに私の口内に長い舌をねじりこみ、頬の裏をこそぎとるように舐める。
「ぷあっ、な、何をするのっ!」
 よりによって、初めてのキスを水妖に奪われるなんて……。
頭を振り、何とかシェシェの口虐から逃れた私は、彼女を睨みつけた。
「アラ、せっかく初めてのお相手をしてあげたというのに、お気に召さなかったのかしら」
 私の怒りを歯牙にもかけず、しゃあしゃあとのたまうシェシェ。
「当たり前よっ! こ、こんなこと……」
「ふぅん。せめてものシスターシェシェの心遣いだったのになぁ。サメの方が良かった? あ、食いつかれて死んじゃうか。アハハッ」
 カラカラと笑いながら恐ろしいことを平気で言うミミ。この二人なら本当にやりかねないと思い、私は背筋が寒くなる。
「つまり、これから私達二人の責めに耐えきることができたならアナタの勝ち。我慢できずにイッてしまえば私達の勝ち。簡単なゲームでしょう?」
「そ、そんな恥知らずなことっ」
「アンタがイヤって言うなら、もう一人のプリンセス様に遊んでもらうだけだけどね」
「ぐぅっ」
「どう? 一緒に遊んでいただけるかしら」
 イヤらしい笑み。私には選択肢なんてないことをわかっているくせに。
私は奥歯を噛み締め、首を縦に振った。
「そう。嬉しいわ」
「いーっぱいサービスしちゃうね」
 満足げにうなずくと、姉妹は同時に私の左右の頬に口づけてきた。
「プニプニやわらかーい」
「本当に。宮廷ではどんな暮らしをしていたのかしら」
 頬をチュウチュウと音がするほど吸いたてられ、激しい吸引に赤みがさした頬を長い舌でベロベロと舐めまわされる。
「人間体じゃないから下半身が責められないのよね〜。ヒレ責めもいいけど、面白くないし」
「そうね。その分上半身をこってりいたぶってあげるわね。考えてもみない場所でイキまくらせてあげる。ウフフ……」
 いいように顔を嬲られながら、私は思い出していた。海の世界に伝わる、人間と人魚の睦み合いの伝承。そして、サラから聞いた、人間の男との生々しい体験談。それはたしかに淫靡な意味合いも含んではいるけれど、愛し合うもの同士で行うべき行為であるはずだ。
 だが、彼女達が私に対してそんな感情を持ち合わせているとは思えない。せいぜい、愛玩動物を可愛がる程度の気持ちだろう。
 初めての接吻も、初めての性行為も、彼女達の享楽の道具にすぎないのかと思うと、言い様のない感情が胸にこみあげてきた。
「ネチャ、ピチュ……ゥン……ジュルッ……あら、アナタ泣いているの?」
「ンチュ〜、ムチュ、チュブブッ……ホントだ、しょっぱいのが頬を伝わってきた。キスされて嬉し泣きなんて、そんなに寂しかったんだ〜」
「ち、違うわっ! 私は……」
「理由なんてなんでもかまわないわ。でも、アナタの泣き顔を見ていると」
「ゾクゾクしちゃう〜」
「ええ、本当、たまらない気分になってしまうわ。もっともっと快楽にむせび泣かせてあげる」
 頬を嬲っていた二人の舌が、唾液の道を作りながらゆっくりと耳まで移動していく。
「さて、じゃあいくわよ。シスターミミ」
「OK。ウフ、マーメイドプリンセスは年中発情期の淫乱らしいから、どんな反応してくれるのか楽しみ〜」
「あ、貴方たちは、どこまで私たちマーメイドを愚弄すれば気が済むのっ!」
 私の抗議にも、二人はまったくひるんだ様子もない。
「アラ、だってインド洋の王国が滅んだのは、プリンセスが男に捨てられて自暴自棄になったからなんでしょう」
「それは……」
「それに今地上に上がっているマーメイドプリンセスも、男に入れあげて色ボケ状態だって言うじゃん」
「ち、ちがうわっ。あの子達は純粋に」
「純粋に、チンポが欲しくてたまらないのよね」
「チ、チン……」
 唐突に卑猥な単語が出てきて、私は言葉に詰まった。
「チンポ」。その言葉が頭の中に響き渡り、耳まで真っ赤になってしまったのが自分でもわかる。
「アラ、赤くなっちゃって。かわいいわね」
「ねぇ、アンタは地上で男漁りしなかったの?」
「私は、そんな浅ましいことはしないわっ! あっ……」
 思わず強く否定した私を、二人はニヤニヤしながら見つめている。
「フ〜ン。つまり、アンタ以外のマーメイドプリンセスは恥知らずな淫乱だって、内心では認めてるんだ」
「ち、ちがっ」
「そうよねぇ。アナタは高貴な南太平洋のマーメイドプリンセス。「チンポ」って聞くだけで真っ赤になっちゃうくらいウブなんですもの。他のアバズレプリンセス共とは一緒にされたくないですわよねぇ、オホホホ」
 シェシェとミミの哄笑を聞きながら、私の頭はゴチャゴチャになっていた。彼女達がそんな色欲にまみれた存在でないことくらい、私にだってわかっている。でも、男に夢中になっているサラを良く思っていなかった、心の底に隠していた本当の私をむき出しにされてしまい、私は怯えた。
「オトコなんて、ゴツゴツして毛深くて臭くて、ロクなものではないわ。あんな生き物なんて、せいぜい私たち美しい女性の為に頭を下げて貢いでいればいいのよ。アナタもそう思うでしょう?」
 シェシェが私のアゴをしゃくり、正面から目を見すえる。その瞳に妖しい光が灯ったような気がする。心の奥底に秘めた想いを見透かされてしまう。そんな危機感に、思わず視線を逸らす。
「女の子の方が、柔らかくて、キレイで、いい匂いがしてずっと素敵なのに。どうして、あの娘はあの男のことばかり見ているの。私を見てくれないの。私はこんなに、アナタを愛しているのに」
 ハッとして、私がシェシェを見つめ直すと、彼女は口端を歪めて笑っていた。
「図星、かしら」
「な、何をバカな。私はサラのこと、そんな風に思ってなんて……あぅ……」
 また墓穴を掘ってしまった。ずっと秘めてきた想いを暴かれた屈辱と羞恥に耐えられず俯いてしまう。
「もう隠さなくてイイじゃん。匂いでわかるんだよね、アンタがアタシたちと同類だって」
「同……類……」
「ええ。私達ならば、アナタが長年秘めてきた欲求を満たしてあげられるわよ」
 秘めてきた欲求。その言葉に、胸が熱くなる。頬をそっと撫でる、細くしなやかな指。肌に触れる、柔らかな髪の感触。微熱に浮かされたように、頭がボーッとする。全身が、ゆっくりと熱を持ち始めているのがわかる。
 紅い唇が開かれ、舌先がチロチロと這い、ぽってりした肉畝が淫らに濡れ光る。艶かしい美女の顔が、ゆっくりと近づいてくる。私は、何の抵抗もできず、いや、抵抗する意欲さえわかず、ただ彼女の濡れた唇を見つめている。
「さあ、一緒にいきましょう、プリンセス」
 ……プリンセス。そう呼ばれた瞬間。
「!? ダ、ダメッ!!」
 我にかえり、弾かれたようにシェシェの唇から逃れた。
 そう。私は南太平洋のマーメイドプリンセスなのだ。水妖などに惑わされ、自分を見失うわけにはいかない。
「私を篭絡しようとしてもムダよっ。貴方たちの思い通りになんかならないわ」
 自分を取り戻した私は、自らを鼓舞する意味も込めて、シェシェを正面から睨みすえた。
「……フフ。さすがはマーメイドプリンセス。意志の強さは相当なものね」
「ホントだよね〜。ビックリしちゃった」
 思いもよらぬ私の反抗に彼女達は多少は驚いたようだったが、それでも余裕たっぷりにニタニタと嫌な笑みを浮かべていた。
「プリンセス・ココ。アナタの高潔な精神に、私達感激いたしました」
 シェシェがうやうやしく頭を垂れる。その行為が、かえってバカにされているようで鼻につく。
「アタシ達、アンタを甘く見てたみたい」
「ええ。もう手加減はなし。本気でかからせていただきますわ」
「壊れちゃっても知らないからね」
 美しき水妖の姉妹が、酷薄な笑みを浮かべる。だが、その瞳の奥はまったく笑っていない。氷のような冷たい視線が、私の心を射抜く。口元から覗く鋭い犬歯が、これから私が受けるであろう苛烈な責めと重なる。鋭い牙を突き立てられて、私の心は耐えられるのだろうか。
 背筋が寒くなる。本当は、恐くてたまらない。逃げ出してしまいたい。
それでも、私は。プリンセスの誇りを胸に、戦い抜いてみせる。そう、心に誓った。

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