「そ……そんな……」
 私は愕然として、思わずマイクを落としそうになった。
 私の、皆を守りたいという想いを乗せたその歌は、ブラックビューティシスターズには全く通用しなかったのだ。
 彼女達は相変わらずニヤニヤと笑いながら、私の唄う姿を見つめていた。
「残念だったわねぇ、プリンセス。ご自慢の歌が全く効き目がなくって」
「あの三人組に聞いてなかったの? 一人で唄ったところで、アタシたちには通用しないよ」
 私は唇を噛みしめた。真珠を取り戻しても、皆の想いを託されても、結局私には何も出来ないというの?
「ま、さすがに現在最年長のマーメイドプリンセスだけあるよね〜。肌にちょっとピリピリッてきたもん」
「ええ。でも、私達も伊達に深海の淵から舞い戻ってきたわけではないわ。あの方から授かった力、今こそお見せしましょう」
 二人が尻尾の先のマイクを握る。私は絶望感をひた隠し、すくむ足を叱咤して何とか身構える。
「フフ、怖いの? 大丈夫よ、すぐに気持ちよくなってくるわ」
「黒い誘惑、たっぷりと味わっていただきましょう」
『イッツ、ショータイム!!』
 ……そして、悪夢のライブが始まった。





「くはあぁぁっ!?」
 脳天を突き抜ける衝撃に、私は立っていることすらかなわず、耳を塞いだままガックリと膝をついた。
 ライブコスチュームもライブステージも、アクアレジーナ様の加護すらも、ブラックビューティシスターズの圧倒的な力の前には何の役にも立たなかった。
 その闇の歌は、私の清い部分を攻めたて、封じ込めたはずの後ろ暗い部分を掘り起こし刺激する。以前ガイト城に捕らわれていた時に聴かされた呪歌よりも、さらに圧倒的な闇の力。これほどまでの力を誰が彼女達に与えたのか。
 歌の持つ闇の力と、再び蠢きだした自分の中の闇。外から内から攻め立てられ、私は胸を押さえて悶え狂った。
 ……ああ、まただ。あの頃のように、私の体がまた、おかしくなってゆく。身体を包むおぞけはいつの間にか熱さに切り替わり、鳥肌が立つほどの不快感もまた、いつしか心地良くすら思えてくる。
 時間にすればわずか数分の間に、私は地獄へ突き落とされ、そして見せかけの天国に引きずり上げられた。
「ふうっ」
 一曲歌い終え、ミミが心地良さそうに汗を拭う。対称的に、私はいまだ焦燥感と快美感に内から焼かれ、うずくまっていた。
「さすがね、プリンセス。一曲全て聴き終えるまで耐えるなんて。少々アナタをみくびっていたようだわ」
 シェシェは感心したように言う。
「ホントだよね〜。あの三人なら、たぶん一番だけでおかしくなっちゃうんじゃない?」
「ええ、まったくね。いつも邪魔が入ってしまうから、運良く助かっているけれど」
 私の強さをいくら褒められたところで、結局身動きもとれない状態に追い込まれてしまっては意味がない。そして、あの三人のKIZUNAのように、一人がピンチの時に誰かが助けに来てくれる、そんな都合のよい展開もここでは期待できなかった。
「でも、これでプリンセスにも思い出していただけたんじゃないかしら。自分が何者であるのかを」
 シェシェが一歩、歩み寄る。その足音に、私の肩がピクリと震える。
「そうだね。素直になってくれたかな」
 笑いながら、ミミも一歩、足を踏み出す。
 私は燃え盛る体をなんとか収めようと両肩を腕で抱きながら、小さな子供のようにイヤイヤと首を振った。
「ねえ、プリンセス・ココ。アナタの歌が、なぜ私達に通用しなかったか、わかるかしら」
 シェシェが指を伸ばし、ライブステージに触れる。
「たしかに私達は大きな力を手に入れたわ。でもね、アナタの歌を聴いていて、不快感どころか心地良さまで感じられたくらいよ。どうしてかしらね」
 ライブステージは、何の抵抗も示さない。シェシェの指は、まるでそこには元から何もなかったかのように、簡単にライブステージ内へツプリと入り込んでしまう。
「そんな……どうして……」
「アナタの心は、ずっとあの日々を覚えていたんじゃない? 心の奥底では、アナタは私達を完全に否定できなかった。むしろ、求めてすらいたのよ。その証拠に、ホラ」
 すでに、シェシェの肘までがライブステージを通り抜けている。
「やめて……お願い……入ってこないでっ」
「アナタを守るはずのこの空間も、私に何の抵抗も見せないじゃない。アナタはずっと、私達を求めていた。そうよね?」
 シェシェもミミも、完全に障壁を通り抜け、ライブステージの中でひざまずいてガタガタと震えている私の前に悠然と立ちはだかった。
「アァ……アァァ……」
「そんな顔しないでさ、また一緒に楽しもうよ。難しく考える事ないじゃん」
「そうよ。私達の前では、アナタはプリンセスじゃなくていいの。アナタを縛るものは、何もないのよ」
 差し伸べられる二人の手。顔を上げた私の頬には、溢れた涙がせせらぎを作っている。
抗わなければ。私のマーメイドプリンセスとしての誇りが、警鐘を鳴らす。
 ……でも、私は、私の心は。真珠も、私を慕ってくれる皆も、戻ってきたけれど、結局あの頃と同じで弱いままだから。その手を振り払うことも出来なくて。
「ただいま。私達の、かわいいマーメイド」
 二人の手が、それぞれ私の左右の頬に重なる。
「……おかえり、なさい」
 頬に添えられた二人の手に、自分の手をそっと重ねた。
 ライブステージは、いつの間にか泡のように弾け、消えていた。

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